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春秋左氏伝 / 昭公十一年 不信の幸いは再びせず

夏。四月。丁巳。殺之。刑其士七十人。公子棄疾帥師圍蔡。韓宣子問於叔向曰。楚其克乎。對曰。克哉。蔡侯獲罪於其君。而不能其民。天將假手於楚以斃之。何故不克。然肸聞之。不信以幸。不可再也。楚王奉孫吳以討於陳曰。將定而國。陳人聽命。而遂縣之。今又誘蔡而殺其君。以圍其國。雖幸而克。必受其咎。弗能久矣。桀克有緡。以喪其國。紂克東夷。而隕其身。楚小位下。而亟暴於二王。能無咎乎。天之假助不善。非祚之也。厚其凶惡。而降之罰也。且譬之如天。其有五材。而將用之。力盡而敝之。是以無拯。不可沒振。五月。齊歸薨大蒐于比蒲。非禮也。孟僖子會邾莊公盟于祲祥。脩好。禮也。泉丘人有女。夢以其帷幕孟氏之廟。遂奔僖子。其僚從之。盟于清丘之社。曰有子。無相棄也。僖子使助薳氏之簉。反自祲祥。宿于薳氏。生懿子及南宮敬叔於泉丘人。其僚無子。使字敬叔。

新字:夏。四月。丁巳。殺之。刑其士七十人。公子棄疾帥師囲蔡。韓宣子問於叔向曰。楚其克乎。対曰。克哉。蔡侯獲罪於其君。而不能其民。天将仮手於楚以斃之。何故不克。然肸聞之。不信以幸。不可再也。楚王奉孫呉以討於陳曰。将定而国。陳人聴命。而遂県之。今又誘蔡而殺其君。以囲其国。雖幸而克。必受其咎。弗能久矣。桀克有緡。以喪其国。紂克東夷。而隕其身。楚小位下。而亟暴於二王。能無咎乎。天之仮助不善。非祚之也。厚其凶悪。而降之罰也。且譬之如天。其有五材。而将用之。力尽而敝之。是以無拯。不可没振。五月。斉帰薨大蒐于比蒲。非礼也。孟僖子会邾荘公盟于祲祥。脩好。礼也。泉丘人有女。夢以其帷幕孟氏之廟。遂奔僖子。其僚従之。盟于清丘之社。曰有子。無相棄也。僖子使助薳氏之簉。反自祲祥。宿于薳氏。生懿子及南宮敬叔於泉丘人。其僚無子。使字敬叔。

書き下し

夏、四月、丁巳、之を殺し、其の士七十人を刑す。公子棄疾師を帥ゐて蔡を圍む。韓宣子叔向に問ひて曰く、「楚其れ克たんか」と。對へて曰く、「克たんかな。蔡侯罪を其の君に獲て、其の民を能くせず。天將に手を楚に假りて以って之を斃さんとす。何の故に克たざらん。然れども肸之を聞く、信ならずして以って幸ひするは、再びすべからず、と。楚王孫吳を奉じて以って陳を討ちて曰く、『將に而の國を定めんとす』と。陳人命を聽く。而るに遂に之を縣とす。今又蔡を誘ひて其の君を殺し、以って其の國を圍む。幸ひにして克つと雖も、必ず其の咎を受けん。久しくする能はざらん。桀有緡に克ちて、以って其の國を喪ふ。紂東夷に克ちて、其の身を隕す。楚は小にして位下る。而るに亟々二王より暴なり。能く咎無からんや。天の不善を假助するは、之に祚するに非ず。其の凶惡を厚くして、之に罰を降すなり。且つ之を譬ふれば天の如し。其れ五材有りて、將に之を用ゐんとす。力盡くれば之を敝る。是を以って拯ふ無く、沒振すべからず」と。五月、齊歸薨ず。比蒲に大蒐す。禮に非ざるなり。孟僖子邾の莊公に會して祲祥に盟ひ、好を脩む。禮なり。泉丘の人に女有り。其の帷を以って孟氏の廟に幕すと夢む。遂に僖子に奔る。其の僚之に從ふ。清丘の社に盟ひて曰く、「子有らば、相棄つる無かれ」と。僖子薳氏の簉を助けしむ。祲祥より反り、薳氏に宿る。懿子及び南宮敬叔を泉丘の人に生む。其の僚子無し。敬叔を字しめしむ。

現代語訳

夏四月丁巳の日、楚は蔡侯を殺し、その従者の士七十人を処刑した。公子棄疾が軍を率いて蔡を包囲した。韓宣子(晋の執政)が叔向に尋ねた。「楚は勝つだろうか」。叔向は答えた。「勝つでしょう。蔡侯はその君(父)に対して罪を犯し、民をよく治めることもできませんでした。天は楚の手を借りて蔡侯を倒そうとしているのです。どうして勝たないことがありましょう。しかし、私(肸)はこう聞いています。信義に背いて得た幸運は、二度はない、と。楚王は孫呉を奉じて陳を討ったとき、『おまえたちの国を安定させよう』と言いました。陳の人々はそれに従いました。ところが楚はそのまま陳を自国の県にしてしまいました。いままた蔡を欺いて誘い出し、その君を殺し、その国を包囲しています。運よく勝ったとしても、必ずその咎めを受けるでしょう。長くはもちません。桀は有緡に勝ったことで、その国を失いました。紂は東夷に勝って、その身を滅ぼしました。楚は国も小さく位も低いのに、たびたびこの二王以上の暴虐を働いています。咎めがないはずがありましょうか。天が不善の者を助けるのは、福を与えるためではありません。その凶悪を積み重ねさせたうえで、罰を下すためです。たとえて言えば天のやり方のようなものです。天は五つの材(金・木・水・火・土)を持ってそれを用いますが、力が尽きれば捨ててしまいます。それゆえ救いようがなく、ついに立ち直ることはできないのです」。五月、斉帰(魯の昭公の母)が亡くなった。(その喪中に)比蒲で大規模な閲兵を行った。礼にかなわないことである。孟僖子は邾の荘公と会見して祲祥で盟約し、友好を修めた。礼にかなっている。泉丘の人に娘がいた。自分の帷(とばり)で孟氏の廟を覆う夢を見た。そこで孟僖子のもとへ身を寄せた。その仲間の娘もついて行った。二人は清丘の社で盟って言った。「子ができても、互いに見捨てないようにしよう」。孟僖子は二人を薳氏の家にいる側室の手伝いとした。孟僖子は祲祥から帰る途中、薳氏の家に泊まった。泉丘の娘は懿子と南宮敬叔を生んだ。その仲間の娘には子がなかったので、敬叔を養育させた。

解説

楚の霊王は宴で捕らえた蔡の霊侯を殺し、蔡を包囲した。晋の韓宣子に楚が勝つかと問われた叔向は、勝つと答える。蔡侯は父を殺した罪人であり、天が楚の手を借りて罰するのだ、と。だが続けて「信ならずして以って幸ひするは、再びすべからず」と言う。信義に背いて得た幸運は二度続かない。陳を安定させると言って県にし、蔡を誘い出して君を殺した楚は、勝っても必ず咎めを受ける。「天の不善を假助するは、之に祚するに非ず」——天が悪人を助けるのは、悪を積ませてから罰するためだ、という論理が鋭い。勝ちが続いていることは、正しさの証明にはならない。実際、霊王は二年後に国を追われて死ぬ。末尾の泉丘の娘の話は、昭公七年の句で孔子に師事した孟懿子と南宮敬叔の出生の由来である。不正な手段で成果を上げ続ける相手を前にしたとき、叔向の見方は一つの物差しになる。

この章句が説くこと

信義因果応報驕り覇権長期的視点

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