春秋左氏伝 / 昭公元年 信を以て本と為す
國家不罷。民無謗讟。諸侯無怨。天無大災。子之力也。有令名矣。而終之以恥午也是懼。吾子其不可以不戒。文子曰。武受賜矣。然宋之盟。子木有禍人之心。武有仁人之心。是楚所以駕於晉也。今武猶是心也。楚又行僭。非所害也。武將信以為本。循而行之。譬如農夫。是穮是蔉。雖有饑饉。必有豐年。且吾聞之。能信不為人下。吾未能也。詩曰。不僭不賊。鮮不為則。信也。能為人則者。不為人下矣。吾不能是難。楚不為患。楚令尹圍請用牲。讀舊書。加于牲上而已。晉人許之。
新字:国家不罷。民無謗讟。諸侯無怨。天無大災。子之力也。有令名矣。而終之以恥午也是懼。吾子其不可以不戒。文子曰。武受賜矣。然宋之盟。子木有禍人之心。武有仁人之心。是楚所以駕於晋也。今武猶是心也。楚又行僭。非所害也。武将信以為本。循而行之。譬如農夫。是穮是蔉。雖有饑饉。必有豊年。且吾聞之。能信不為人下。吾未能也。詩曰。不僭不賊。鮮不為則。信也。能為人則者。不為人下矣。吾不能是難。楚不為患。楚令尹囲請用牲。読旧書。加于牲上而已。晋人許之。
書き下し
國家罷れず、民に謗讟無く、諸侯に怨み無く、天に大災無きは、子の力なり。令名有り。而るに之を終ふるに恥を以てせんことを、午や是れ懼る。吾子其れ以て戒めざるべからず」と。文子曰く、「武賜を受けたり。然れども宋の盟に、子木は人を禍するの心有り、武は人を仁するの心有り。是れ楚の晉に駕せし所以なり。今武猶ほ是の心なり。楚又僭を行ふも、害する所に非ざるなり。武將に信以て本と為し、循ひて之を行はんとす。譬へば農夫の如し。是れ穮し是れ蔉へば、饑饉有りと雖も、必ず豐年有り。且つ吾之を聞く、『能く信なれば人の下と為らず』と。吾未だ能くせざるなり。詩に曰く、『僭せず賊せざれば、則と為らざること鮮し』と。信なり。能く人の則と為る者は、人の下と為らず。吾能くせざるを是れ難しとす。楚は患ひと為らず」と。楚の令尹圍牲を用ゐて、舊書を讀み、牲の上に加へんのみと請ふ。晉人之を許す。
現代語訳
国家は疲れず、民には誹謗や怨嗟がなく、諸侯には恨みがなく、天からの大きな災いもないのは、あなたの力です。あなたにはすでに良い評判があります。それを恥で終わらせてしまうことを、私、午は恐れているのです。あなたは警戒しないわけにはいきません」。文子は言った。「私、武はありがたいご忠告をいただいた。しかし宋の盟のとき、子木には人を害する心があり、私には人を思いやる心があった。それが楚が晋の上に立った理由である。いまも私の心は変わらない。楚がまた出過ぎたことをしても、害にはならない。私は信を根本として、それに従って行っていくつもりだ。たとえば農夫のようなものである。田の草を取り、根に土を寄せていれば、飢饉の年があっても、必ず豊作の年が来る。また私はこう聞いている。『信を守り通せる者は、人の下に立つことはない』と。私はまだそれができていない。『詩』に『出過ぎず、害さなければ、手本とならないことはまれである』とある。これは信のことを言っている。人の手本となれる者は、人の下に立つことはない。私が難しいと思うのは、自分がそれをできていないことであって、楚は心配の種ではない」。楚の令尹囲は、犠牲を用いて新たに盟うのではなく、宋の盟の古い盟書を読み上げて、それを犠牲の上に載せるだけにしたいと願い出た。晋の人々はこれを許した。
解説
この章句が説くこと
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