春秋左氏伝 / 昭公七年 黄熊、寝門に入る
楚子享公于新臺。使長鬣者相。好以大屈。既而悔之。薳啟彊聞之。見公。公語之。拜賀。公曰。何賀。對曰。齊與晉越。欲此久矣。寡君無適與也。而傳諸君。君其備禦三鄰。慎守寶矣。敢不賀乎。公懼。乃反之。鄭子產聘于晉。晉侯疾。韓宣子逆客。私焉。曰。寡君寢疾。於今三月矣。並走群望。有加而無瘳。今夢黃熊入于寢門。其何厲鬼也。對曰。以君之明。子為大政。其何厲之有。昔堯殛鯀于羽山。其神化為黃熊。以入于羽淵。實為夏郊。三代祀之。晉為盟主。其或者未之祀也乎。韓子祀夏郊。
新字:楚子享公于新台。使長鬣者相。好以大屈。既而悔之。薳啓彊聞之。見公。公語之。拝賀。公曰。何賀。対曰。斉与晋越。欲此久矣。寡君無適与也。而伝諸君。君其備禦三鄰。慎守宝矣。敢不賀乎。公懼。乃反之。鄭子産聘于晋。晋侯疾。韓宣子逆客。私焉。曰。寡君寝疾。於今三月矣。並走群望。有加而無瘳。今夢黄熊入于寝門。其何厲鬼也。対曰。以君之明。子為大政。其何厲之有。昔堯殛鯀于羽山。其神化為黄熊。以入于羽淵。実為夏郊。三代祀之。晋為盟主。其或者未之祀也乎。韓子祀夏郊。
書き下し
楚子公を新臺に享し、長鬣の者をして相けしむ。好みとして大屈を以てす。既にして之を悔ゆ。薳啟彊之を聞き、公に見ゆ。公之に語る。拜賀す。公曰く、「何をか賀する」と。對へて曰く、「齊と晉と越と、此を欲すること久し。寡君適(ゆ)き與ふる無くして、諸を君に傳ふ。君其れ三鄰に備禦し、慎みて寶を守れ。敢へて賀せざらんや」と。公懼れて、乃ち之を反す。鄭の子產晉に聘す。晉侯疾む。韓宣子客を逆へ、私かにして曰く、「寡君寢疾して、今に於いて三月なり。並びに群望に走るも、加はる有りて瘳ゆる無し。今夢に黃熊寢門に入る。其れ何の厲鬼ぞや」と。對へて曰く、「君の明を以て、子大政を為す、其れ何の厲か之れ有らん。昔堯鯀を羽山に殛す。其の神化して黃熊と為り、以て羽淵に入る。實に夏の郊と為り、三代之を祀る。晉盟主と為りて、其れ或いは未だ之を祀らざるか」と。韓子夏の郊を祀る。
現代語訳
楚子(霊王)は昭公を新台(章華台)で饗応し、ひげの長い者に儀礼の補佐をさせた。友好のしるしとして大屈という名弓を贈ったが、あとになってそれを惜しんだ。薳啓彊はこれを聞くと、昭公に会いに行った。昭公が弓のことを話すと、薳啓彊は拝礼して祝いを述べた。昭公が「何を祝うのか」と問うと、薳啓彊は答えた。「斉と晋と越は、この弓を長いあいだ欲しがってまいりました。わが君はどの国に与えるとも決めかねていたのですが、それを君にお譲りになったのです。君はこれから三つの隣国に備えて防ぎ、慎んでこの宝をお守りください。お祝い申し上げずにはおられましょうか」。昭公は恐れて、弓を返してしまった。鄭の子産が晋に聘問した。晋侯(平公)は病気であった。韓宣子(韓起)が客を迎え、内々に言った。「わが君は病に臥して、もう三月になります。国内の山川の神々すべてに祈りを捧げましたが、重くなるばかりで治りません。いま、黄色い熊が寝室の門に入ってくる夢を見ました。いったい何の祟りをなす鬼神でしょうか」。子産は答えた。「君は明君であり、あなたが国政を執っておられるのですから、何の祟りがありましょう。昔、堯は鯀を羽山で誅しました。鯀の霊は黄色い熊に化して、羽淵に入りました。鯀は夏王朝の郊祭で祀られる神となり、夏・殷・周の三代にわたって祀られてきました。晋は盟主として(周に代わって祀るべきところを)、あるいはまだ鯀を祀っていないのではありませんか」。韓子は夏の郊祭の神である鯀を祀った。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・倫理・福を求むるは已に君子の心に非ず郊社は、天地生成の大德に報ゆるなり。然れども災沴には禳有り、順成には祈有り。君の私田を為すは則ち仁、民の公田を為すは則ち忠なり。福を求むるを嫌はず、禍を免るるを嫌はず。子孫の先祖を祭るは、追養繼孝を以てなり。我が祖父母より此の身有るなり。曰く、「先人の澤に賴りて、以て其の餘慶を享く」と。曰く、「吾朝夕奉養して歡を承けしに、一旦復た杯棬を獻ぜず、心悲思して寄する無し、故に祭薦して以て吾が情を伸ぶるなり」と。曰く、「吾貧賤にして菽水を供するに足らず、今鼎食するも親逮ばず、心悲思して及ぶ莫し、故に祭薦して以て吾が悔いを志すなり」と。豈に其の遊魂虛位の能く我を福せんが為に之を求めんや。福を求むるは已に君子の心に非ず。而して一飯の設、數拜の勤を以て、福を先人に求む、仁孝誠敬の心果たして是くのごとくならんや。利を謀らず、報を責めず、其の感激を望まず。他人に在りてすら猶ほ然り、而るに況んや我が先人をや。『詩』の祭は必ず福を言ふ、而して『楚茨』の諸詩を尤も甚だしと為す、豈に訓と為す可けんや。吾獨り『采蘩』『采蘋』の二詩に取る有り。物を盡くし志を盡くし、以て吾が子孫の誠敬を達するのみ、他は及ばざるなり。此の道に明らかならば、則ち天下の萬事萬物皆我の當に為すべき所を盡くし、禍福利害は皆其の自ら至るに聽す。人事脩まりて外慕の心息み、道に向かふこと專らにして作輟の念忘れん。何者ぞ。性分に明らかにして冀悻する所無ければなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・古人の笑ふ所宋儒は古に泥み、更に古昔の真偽、今世の是非を考へず。只だ祭祀一節の如し。古人は席地にして飲食に便ならず。故に簠簋籩豆を尚び、其の器は皆な高し。今古人を祭るに之を用ふるは、其の時に從ふなり。子孫の祖考を祭るは、只だ祖考の常に用ひし所の宜しきを用ふ可し。而るに簠簋籩豆是れ設くるは可ならんや。諸の此の類の如きは甚だ多く、皆な古人の笑ふ所なり。古人をして今に生まれしめば、舉動必ず此の如くならざらん。
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論語・八佾篇子曰く、『禘は既に灌より往くもの、吾これを観るを欲せざるなり。』
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『墨子』明鬼下今、無鬼を執る者曰く、意うに親の利に忠ならずして、孝子を害するを為さんか、と。子墨子曰く、古今の鬼を為すは、他に非ざるなり。天鬼有り、亦た山川鬼神なる者有り、亦た人、死して鬼と為る者有り。今、子の其の父に先んじて死し、弟の其の兄に先んじて死する者有り。意うに死すること然りと雖も、然り而して天下の陳物、曰く、先に生まるる者は先に死す、と。是くの若くんば、則ち先に死する者は父に非ざれば則ち母、兄に非ざれば而ち姒なり。今、潔く酒醴粢盛を為りて、以て敬み慎みて祭祀す。若し鬼神をして誠に有らしめば、是れ其の父母姒兄を得て之に飲食せしむるなり。豈に厚利に非ざらんや。
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『呻吟語』内篇・談道・鑿ちて求む可からず、道破す可からず鬼神を敬事するは、聖人の世教を維持する大端なり。其の義は深く、其の功は大なり。但だ自ら鑿ちて求む可からず、道破す可からざるのみ。
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『都鄙問答』卷之二・鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段又問、或人云、子曰、其の鬼に非ずして之を祭るは諂ひなりと、祭べからずとのたまふ。我朝には、土地の神、又太神宮といへども、御恩の為に、五穀の出来、初穂や或は神楽などを捧奉ることなれば、兎角唐土とは違有と云り。然るに汝、神は一列の如くに云へるは、如何なることぞ。
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