春秋左氏伝 / 昭公六年 吾は以て世を救ふ
夏有亂政而作禹刑。商有亂政而作湯刑。周有亂政而作九刑。三辟之興。皆叔世也。今吾子相鄭國。作封洫。立謗政。制參辟。鑄刑書。將以靖民。不亦難乎。詩曰。儀式刑文王之德。日靖四方。又曰。儀刑文王。萬邦作孚。如是何辟之有。民知爭端矣。將棄禮而徵於書。錐刀之末。將盡爭之。亂獄滋豐。賄賂並行。終子之世。鄭其敗乎。肸聞之。國將亡。必多制。其此之謂乎。復書曰。若吾子之言。僑不才。不能及子孫。吾以救世也。既不承命。敢忘大惠。士文伯曰。火見。鄭其火乎。火未出而作火。以鑄刑器。藏爭辟焉。火如象之。不火何為。
新字:夏有乱政而作禹刑。商有乱政而作湯刑。周有乱政而作九刑。三辟之興。皆叔世也。今吾子相鄭国。作封洫。立謗政。制参辟。鋳刑書。将以靖民。不亦難乎。詩曰。儀式刑文王之徳。日靖四方。又曰。儀刑文王。万邦作孚。如是何辟之有。民知争端矣。将棄礼而徴於書。錐刀之末。将尽争之。乱獄滋豊。賄賂並行。終子之世。鄭其敗乎。肸聞之。国将亡。必多制。其此之謂乎。復書曰。若吾子之言。僑不才。不能及子孫。吾以救世也。既不承命。敢忘大恵。士文伯曰。火見。鄭其火乎。火未出而作火。以鋳刑器。蔵争辟焉。火如象之。不火何為。
書き下し
夏に亂政有りて禹刑を作る。商に亂政有りて湯刑を作る。周に亂政有りて九刑を作る。三辟の興るは、皆叔世なり。今吾子鄭國に相として、封洫を作り、謗政を立て、參辟を制し、刑書を鑄る。將に以て民を靖んぜんとするも、亦た難からずや。詩に曰く、『文王の德に儀式刑(のっと)りて、日に四方を靖んず』と。又曰く、『文王に儀刑すれば、萬邦孚(まこと)を作す』と。是くの如くんば何の辟か之れ有らん。民爭ひの端を知らば、將に禮を棄てて書に徵せんとす。錐刀の末も、將に盡く之を爭はんとす。亂獄滋(ますます)豐かにして、賄賂並び行はれん。子の世を終へて、鄭其れ敗れんか。肸之を聞く、國將に亡びんとすれば、必ず制多しと。其れ此の謂ひか」と。復書して曰く、「吾子の言の若し。僑不才にして、子孫に及ぶ能はず。吾は以て世を救ふなり。既に命を承けずとも、敢へて大惠を忘れんや」と。士文伯曰く、「火見(あら)はる。鄭其れ火あらんか。火未だ出でずして火を作し、以て刑器を鑄て、爭辟を藏す。火如し之に象らば、火あらずして何をか為さん」と。
現代語訳
(叔向の手紙の続き)夏では政治が乱れて禹刑が作られ、殷では政治が乱れて湯刑が作られ、周では政治が乱れて九刑が作られました。この三つの刑法が興ったのは、いずれも末世のことです。いまあなたは鄭国の宰相として、田地の境界と用水路を定め、人々に謗られる新税(丘賦)を立て、三種の刑罰を制定し、そして刑書を鋳込みました。これで民を安んじようとしても、難しいのではありませんか。詩に『文王の徳にのっとって、日々四方を安んずる』とあり、また『文王にのっとれば、万国が信服する』とあります。そうであれば、どうして刑法の条文が要りましょう。民は争いの手がかりを知れば、礼を棄てて条文を証拠にするでしょう。錐や刀の先ほどの小さなことまで、ことごとく争うようになるでしょう。訴訟はますます増え、賄賂が横行するでしょう。あなたの代が終わるころには、鄭は敗れるのではありませんか。私(肸)はこう聞いています。国が滅びようとするときには、必ず法制が多くなる、と。これはまさにそのことを言っているのでしょう」。子産は返書して言った。「あなたのおっしゃるとおりです。私(僑)は才がなく、子孫の代まで考えが及びません。私はこれによって今の世を救おうとしているのです。お言葉に従うことはできませんが、あなたのご厚意を忘れることがありましょうか」。士文伯が言った。「大火星が現れた。鄭に火災があるのではないか。大火星がまだ現れないうちに火を使って刑書の器を鋳込み、争いのもととなる条文をしまい込んだ。火がもしそれに応じるなら、火災が起こらずに済もうか」。
解説
この章句が説くこと
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