韓非子 / 難勢第四十
夫待越人之善海遊者以救中國之溺人,越人善遊矣,而溺者不濟矣。夫待古之王良以馭今之馬,亦猶越人救溺之說也,不可亦明矣。夫良馬固車,五十里而一置,使中手御之,追速致遠,可以及也,而千里可日致也,何必待古之王良乎?
新字:夫待越人之善海遊者以救中国之溺人,越人善遊矣,而溺者不済矣。夫待古之王良以馭今之馬,亦猶越人救溺之説也,不可亦明矣。夫良馬固車,五十里而一置,使中手御之,追速致遠,可以及也,而千里可日致也,何必待古之王良乎?
書き下し
夫れ越人の善く游ぐ者を待ちて、以て中國の溺るる人を救わば、越人善く游ぐも、而も溺るる者は濟われじ。... 夫れ良馬固車は、五十里にして一置し、中手をして之を御せしめば、 ... 千里も日に致す可きなり。何ぞ必ずしも古の王良を待たんや。
現代語訳
泳ぎが得意な越人を待って、今ここで溺れている人を救おうとしても、越人がいくら泳ぎがうまくても、溺れた人は助からない(間に合わない)。... 優れた馬と車でも、50里ごとに休憩所を設け、平均的な(中)運転手に扱わせれば、一日で千里を走破できる。なぜ古代の名人(王良)を待つ必要があるのか。
解説
川で泳ぎの達者な遠い南の国の人を呼び寄せて、今まさに溺れている人を助けようとしても、いくら泳ぎが上手くても間に合わず、助けは来ないと韓非は説きます。優れた馬と丈夫な車があれば、五十里ごとに休憩所を用意しておくだけで、ごく普通の腕前の御者でも一日に千里もの道のりを走り抜けられる。何も大昔の名人が現れるのを待つ必要などない、というのです。理想の人材がいつか現れると期待して手をこまねいているより、普通の人でもきちんと力を発揮できる段取りや仕組みを先に整えておく方がずっと確かです。子育てでも町内の集まりでも、特別に優れた人を頼りにするより、誰が担当しても回るやり方を用意しておけば、目の前の困りごとにすぐ対応できるのです。
この章句が説くこと
仕組み化現実主義人材育成標準化再現性
関連する章句
-
『韓非子』顯學第五十故に術有るの君は、適然の善に随わずして、必然の道を行う。
-
『韓非子』用人第二十七中主をして法術を守り、拙匠をして規矩尺寸を守らしむれば、則ち萬失わず。
-
『韓非子』用人第二十七法術を釋てて心治すれば、堯も一國を正すこと能わず。規矩を去りて妄に意度すれば、奚仲も一輪を成すこと能わず。
-
『韓非子』忠孝第五十一故に曰く、「法を上びて賢を上げず。」・・・是れ常を廢して、賢を上べば則ち亂れ、法を舍てて、智に任せば則ち危うし。
-
『韓非子』難一第三十六萬世の利を待つは、今日の勝ちに在り、今日の勝ちは、敵を詐くに在り、敵を詐くは、萬世の利のみ。
-
『韓非子』難一第三十六且つ夫れ身を以て苦しみて後に民を化する者は、堯・舜の難ずる所なり。勢に処りて下を矯むる者は、庸主の易しとする所なり。