史記 / 管晏列伝
管仲既任政相齊、以區區之齊在海濱、通貨積財、富國彊兵、與俗同好惡。故其稱曰、倉廩實而知禮節、衣食足而知榮辱、上服度則六親固。四維不張、國乃滅亡。下令如流水之原、令順民心。故論卑而易行。俗之所欲、因而予之。俗之所否、因而去之。
新字:管仲既任政相斉、以区区之斉在海浜、通貨積財、富国彊兵、与俗同好悪。故其称曰、倉廩実而知礼節、衣食足而知栄辱、上服度則六親固。四維不張、国乃滅亡。下令如流水之原、令順民心。故論卑而易行。俗之所欲、因而予之。俗之所否、因而去之。
書き下し
管仲既に政に任じ斉に相たり。区区の斉の海浜に在るを以て、貨を通じ財を積み、国を富まし兵を彊くし、俗と好悪を同じくす。故に其れ称して曰く、「倉廩実ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知り、上、度に服すれば則ち六親固し。四維張らざれば、国乃ち滅亡す。令を下すこと水の原より流るるが如くして、令、民心に順ふ」と。故に論卑くして行ひ易くす。俗の欲する所、因って之に予へ、俗の否む所は、因って之を去る。
現代語訳
管仲は政治をまかされて斉の宰相となった。斉は海辺のちっぽけな国にすぎなかったが、彼は交易を盛んにして富を蓄え、国を富ませ軍を強くし、人々の好き嫌いに政策を合わせた。だから彼はこう説いた。「倉が満ちてこそ人は礼節をわきまえ、衣食が足りてこそ人は名誉と恥を知る。上に立つ者が節度を守れば、家族のきずなも固くなる。国の四つの綱(礼・義・廉・恥)が張られなければ、国は滅びる。命令は水が水源から自然に流れ下るように出し、民の心に沿わせよ」。彼の主張は身近で実行しやすく、民が望むものは与え、民が嫌がるものは取り除いた。
解説
「衣食足りて礼節を知る」の原典であり、理念や道徳を説く前に、まず生活基盤(経済)を整えるという徹底した現実主義の経営哲学です。管仲は精神論から入りません。人が礼節や名誉を大切にできるのは、まず食えている(=経済的土台がある)からだと見抜きます。組織に置き換えれば、社員に高い理念やモラルを求める前に、まず処遇・環境という基盤を整えるのが順序だということ。さらに「令、民心に順ふ」「俗の欲する所、因って之に予ふ」――現場(顧客・社員)の実際のニーズに沿って、無理のない、実行しやすい施策を打つ。抽象論を振りかざさず、現実の欲求から出発して制度を設計する。理想を掲げるトップほど、この「土台と現場起点」の順序を忘れがちです。
この章句が説くこと
衣食足りて礼節を知る現実主義経済基盤現場起点四維実行しやすさ
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