春秋左氏伝 / 昭公三年 公事に私忌無し
五月。叔弓如滕。葬滕成公。子服椒為介。及郊。遇懿伯之忌。敬子不入。惠伯曰。公事有公利。無私忌。椒請先入。乃先受館。敬子從之。晉韓起如齊逆女。公孫蠆為少姜之有寵也。以其子更公女。而嫁公子。人謂宣子。子尾欺晉。晉胡受之。宣子曰。我欲得齊而遠其寵。寵將來乎。
新字:五月。叔弓如滕。葬滕成公。子服椒為介。及郊。遇懿伯之忌。敬子不入。恵伯曰。公事有公利。無私忌。椒請先入。乃先受館。敬子従之。晋韓起如斉逆女。公孫蠆為少姜之有寵也。以其子更公女。而嫁公子。人謂宣子。子尾欺晋。晋胡受之。宣子曰。我欲得斉而遠其寵。寵将来乎。
書き下し
五月、叔弓滕に如き、滕の成公を葬る。子服椒介と為る。郊に及び、懿伯の忌に遇ふ。敬子入らず。惠伯曰く、「公事には公利有り、私忌無し。椒請ふ先づ入らん」と。乃ち先づ館を受く。敬子之に從ふ。晉の韓起齊に如きて女を逆ふ。公孫蠆少姜の寵有るが為に、其の子を以って公女に更へて、公子に嫁がしむ。人宣子に謂ふ、「子尾は晉を欺く。晉胡ぞ之を受くる」と。宣子曰く、「我齊を得んと欲して其の寵を遠ざけば、寵將に來らんや」と。
現代語訳
五月、魯の叔弓(敬子)が滕に行き、滕の成公の葬儀に参列した。子服椒(恵伯)が副使を務めた。滕の都の郊外に着いたところで、ちょうど懿伯(子服椒の叔父)の命日に当たった。叔弓は(副使の身内の忌日をはばかって)都に入らなかった。恵伯は言った。「公の務めには公の利益があるのであって、私的な忌日などありません。私が先に入らせていただきます」。そこで先に宿舎に入った。叔弓もそれに続いた。晋の韓起(韓宣子)が斉に行き、(晋侯の)花嫁を迎えた。斉の公孫蠆(子尾)は、少姜が寵愛されていたので、自分の娘を公女と入れ替えて晋に送り、公女のほうは他の公子に嫁がせた。ある人が宣子に言った。「子尾は晋を欺いています。晋はどうしてそれを受け入れるのですか」。宣子は言った。「われわれは斉(との友好)を得たいのだ。その寵臣を遠ざけたら、寵臣は(晋に)好意を寄せてくるだろうか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 南越列伝高帝已に天下を定むるも、中国の労苦するが為に、故に佗を釈して誅せず。漢の十一年、陸賈を遣はして因りて佗を立てて南越王と為し、与に符を剖きて使を通じ、百越を和集し、南辺の患害と為ること毋からしむ、長沙と境を接す。
-
『管子』大匡既に以て衛を封じ、明年、桓公管仲に問う、「將に何をか行わん」と。管仲對えて曰く、「公内に政を修めて民を勸めば、以て諸侯に信ぜらる可し」と。君許諾す。乃ち稅を輕くし、關市の征を弛め、賦禄の制を為す。既に已みて、管仲又た請いて曰く、「病臣を問い、願わくは賞して罰する無からん、五年にして諸侯傅かしむ可し」と。公曰く、「諾」と。既に之を行い、管仲又た請いて曰く、「諸侯の禮、齊をして豹皮を以て往かしめ、小侯は鹿皮を以て報ぜしめよ。齊は馬を以て往き、小侯は犬を以て報ぜよ」と。桓公許諾し、之を行う。管仲又た國に賞して、以て諸侯に及ばんことを請う。君曰く、「諾」と。之を行う。管仲國中に賞し、君諸侯に賞す。諸侯の君に行事の善なる者有らば、重幣を以て之を賀す。列士より以下善有る者は、衣裳もて之を賀す。凡そ諸侯の臣に其の君を諫めて善なる者有らば、璽を以て之を問い、以て其の言を信にす。
-
『呻吟語』内篇・應務・其の跡を泯す其の私を恤へ、其の願ひを濟し、其の名を成し、其の跡を泯すは、體悉の至りなり。人を感ぜしむること心骨に淪む。故に言を察し色を觀るは、學の粗なり。情に達し意を會するは、學の精なり。
-
説苑・雜言孔子将に行かんとするに、蓋無し。弟子曰く、「子夏に蓋有り、以て行く可し」と。孔子曰く、「商の人と為りや、甚だ財に短し。吾聞く、人と交わる者は、其の長ずる所を推し、其の短なる所を違く、故に能く久長なりと」と。
-
司馬法・仁本その老幼を見ては、奉(ほう)じて帰し、傷つくる勿(な)かれ。壮者に遇うと雖も、校(きそ)わざれば敵とする勿れ。
-
論語・衛霊公篇師冕見ゆ。階に及べば、子曰く、「階なり。」席に及べば、子曰く、「席なり。」皆坐すれば、子之に告げて曰く、「某は斯に在り、某は斯に在り。」師冕出づ。子張問いて曰く、「師と言うの道か。」子曰く、「然り、固より師を相くるの道なり。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る