司馬法 / 仁本
見其老幼,奉歸勿傷。雖遇壯者,不校勿敵。
新字:見其老幼,奉帰勿傷。雖遇壮者,不校勿敵。
書き下し
その老幼を見ては、奉(ほう)じて帰し、傷つくる勿(な)かれ。壮者に遇うと雖も、校(きそ)わざれば敵とする勿れ。
現代語訳
老人や幼子を見かけたら、丁重に送り帰し傷つけてはならない。壮健な者に出会っても、抵抗しなければ敵とみなしてはならない。
解説
敵地であっても老人や幼子には手を出さず丁重に送り届け、抵抗しない相手であれば壮健な者であっても敵とみなさないという配慮を説く句である。力の優劣が明らかな状況ほど、弱い立場の者や争う意思のない者まで巻き込んで押し切ってしまいがちだが、それを戒めている。競争や対立の場面でも、本当に対峙すべき相手を見極め、無用に弱者を巻き込まない線引きが問われる。
この章句が説くこと
配慮非戦闘員線引き
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