説苑 / 雜言
孔子將行,無蓋。弟子曰:「子夏有蓋,可以行。」孔子曰:「商之為人也,甚短於財。吾聞與人交者,推其長者,違其短者,故能久長矣。」
新字:孔子将行,無蓋。弟子曰:「子夏有蓋,可以行。」孔子曰:「商之為人也,甚短於財。吾聞与人交者,推其長者,違其短者,故能久長矣。」
書き下し
孔子将に行かんとするに、蓋無し。弟子曰く、「子夏に蓋有り、以て行く可し」と。孔子曰く、「商の人と為りや、甚だ財に短し。吾聞く、人と交わる者は、其の長ずる所を推し、其の短なる所を違く、故に能く久長なりと」と。
現代語訳
孔子が出かけようとしたとき、雨傘となる車の覆いがなかった。弟子が「子夏が傘を持っています、それを借りて行かれてはどうでしょう」と言った。孔子は言った。「商(子夏)という人物は、財貨についてはひどく物惜しみするたちだ。私はこう聞いている。人と交わるときには、その人の長所を尊重し、短所には触れないようにする、だからこそ長く付き合いが続くのだと」と。
解説
わずかな傘一つを借りるだけの場面でも、孔子はあえて相手の物惜しみするという弱点に触れることを避け、長く続く交友のためには相手の短所を刺激しないという原則を貫く。現代の人間関係でも、身近な相手の弱点や苦手なことを承知していながらそれをあえて突かず、得意な部分を尊重して付き合うことが、関係を長続きさせる知恵となる。この章が示すのは、些細な場面であっても人間関係の作法を一貫させることの大切さであり、小さな配慮の積み重ねが信頼という大きな資産を築くという教えである。
この章句が説くこと
配慮長所の尊重信頼の持続
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