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春秋左氏伝 / 昭公元年 趙孟の死

楚靈王即位。薳罷為令尹。薳啟彊為大宰。鄭游吉如楚葬郟敖。且聘立君。歸。謂子產曰。具行器矣。楚王汰侈。而自說其事。必合諸侯。吾往無日矣。子產曰。不數年。未能也。十二月。晉既烝。趙孟適南陽將會孟子餘。甲辰朔。烝于溫。庚戌。卒。鄭伯如晉。弔及雍乃復。

新字:楚霊王即位。薳罷為令尹。薳啓彊為大宰。鄭游吉如楚葬郟敖。且聘立君。帰。謂子産曰。具行器矣。楚王汰侈。而自説其事。必合諸侯。吾往無日矣。子産曰。不数年。未能也。十二月。晋既烝。趙孟適南陽将会孟子余。甲辰朔。烝于温。庚戌。卒。鄭伯如晋。弔及雍乃復。

書き下し

楚の靈王位に即く。薳罷令尹と為り、薳啟彊大宰と為る。鄭の游吉楚に如きて郟敖を葬り、且つ立君に聘す。歸りて子產に謂ひて曰く、「行器を具へよ。楚王汰侈にして、自ら其の事を說(よろこ)ぶ。必ず諸侯を合せん。吾往くこと日無からん」と。子產曰く、「數年ならずんば、未だ能はざるなり」と。十二月、晉既に烝す。趙孟南陽に適き、將に孟子餘を會(まつ)らんとす。甲辰朔、溫に烝す。庚戌、卒す。鄭伯晉に如きて弔す。雍に及びて乃ち復る。

現代語訳

楚の霊王(公子囲)が即位した。薳罷が令尹となり、薳啓彊が大宰となった。鄭の游吉(子大叔)が楚へ行って郟敖の葬儀に参列し、あわせて新しい君主に聘問した。帰国すると子産に言った。「旅の支度を整えておいてください。楚王はおごり高ぶり、自分のしたことに満足しています。必ず諸侯を集めて会盟を開くでしょう。私たちが出向く日もそう遠くありません」。子産は言った。「数年のうちには、まだできないだろう」。十二月、晋では冬の祭り(烝)を終えた。趙孟(趙武)は南陽に行き、祖先の孟子余(趙衰)を祭ろうとした。甲辰の朔日、温で烝の祭りを行った。庚戌の日、趙孟は亡くなった。鄭伯は晋へ弔問に向かったが、雍まで来たところで引き返した。

解説

昭公元年の締めくくりに、二つの動きが並べられている。一つは楚の霊王の即位である。葬儀と即位の祝賀から戻った游吉は、新王のおごりと自己満足を見て取り、近いうちに諸侯を呼びつけるだろうと予想する。これに対し子産は、数年のうちはまだ無理だと見る。どちらも楚王の性格を読んでいるが、游吉は意志を、子産は実行できる条件を見ている。実際に霊王が申で諸侯を集めるのは昭公四年のことで、この巻の終わりの句に出てくる。もう一つは、晋の執政趙孟(趙武)の死である。前の句で秦の后子に「趙孟將に死せんとす」と予言され、医和にも「良臣將に死せんとす」と言われたとおり、祖先の趙衰を祭った直後に世を去った。長く晋を安定させ、宋の弭兵の会で晋楚の和平をまとめた人物の退場は、同じ時期に即位した野心的な楚王と対照をなしている。相手の意図だけでなく、それを実行できる条件まで見るかどうかで、予想の精度は大きく変わる。

この章句が説くこと

予見驕り指導者の交代情勢判断祭祀

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