春秋左氏伝 / 昭公元年 君子の四時
由是觀之。則實沈。參神也。昔金天氏有裔子曰昧。為玄冥師。生允格。臺駘。臺駘能業其官。宣汾洮。障大澤。以處大原。帝用嘉之。封諸汾川。沈。姒。蓐。黃。實守其祀。今晉主汾而滅之矣。由是觀之。則臺駘。汾神也。抑此二者。不及君身。山川之神。則水旱癘疫之災。於是乎禜之。日月星辰之神。則雪霜風雨之不時。於是乎禜之。若君身。則亦出入飲食哀樂之事也。山川星辰之神。又何為焉。僑聞之。君子有四時。朝以聽政。晝以訪問。夕以脩令。夜以安身。於是乎節宣其气。勿使有所壅閉湫底。
新字:由是観之。則実沈。参神也。昔金天氏有裔子曰昧。為玄冥師。生允格。台駘。台駘能業其官。宣汾洮。障大沢。以処大原。帝用嘉之。封諸汾川。沈。姒。蓐。黄。実守其祀。今晋主汾而滅之矣。由是観之。則台駘。汾神也。抑此二者。不及君身。山川之神。則水旱癘疫之災。於是乎禜之。日月星辰之神。則雪霜風雨之不時。於是乎禜之。若君身。則亦出入飲食哀楽之事也。山川星辰之神。又何為焉。僑聞之。君子有四時。朝以聴政。昼以訪問。夕以脩令。夜以安身。於是乎節宣其气。勿使有所壅閉湫底。
書き下し
是に由りて之を觀れば、則ち實沈は參の神なり。昔金天氏に裔子有り、昧と曰ふ。玄冥の師と為り、允格・臺駘を生む。臺駘能く其の官を業とし、汾・洮を宣(とほ)し、大澤を障(つつ)みて、以って大原に處る。帝用(もっ)て之を嘉し、諸を汾川に封ず。沈・姒・蓐・黃、實に其の祀を守る。今晉汾を主りて之を滅ぼせり。是に由りて之を觀れば、則ち臺駘は汾の神なり。抑(そもそも)此の二者は、君の身に及ばず。山川の神は、則ち水旱癘疫の災あれば、是に於いてか之を禜(まつ)る。日月星辰の神は、則ち雪霜風雨の時ならざれば、是に於いてか之を禜る。君の身の若きは、則ち亦た出入・飲食・哀樂の事なり。山川星辰の神、又何をか為さん。僑之を聞く、君子に四時有り。朝は以って政を聽き、晝は以って訪問し、夕は以って令を脩め、夜は以って身を安んず。是に於いてか其の气を節宣し、壅閉湫底する所有らしむること勿し。
現代語訳
これによって見れば、実沈は参星の神です。昔、金天氏(少皞)の末裔に昧という者がいて、水官の長となり、允格と台駘を生みました。台駘はその職務をよく継いで、汾水と洮水の流れを通し、大きな沢に堤を築いて、大原に住めるようにしました。帝顓頊はこれを称えて、彼を汾水の流域に封じました。沈・姒・蓐・黄の四国がその祭祀を守ってきました。いま晋が汾水の地を治め、これらの国を滅ぼしてしまいました。これによって見れば、台駘は汾水の神です。しかしそもそも、この二神は君のお体には関わりがありません。山川の神は、洪水や日照りや疫病の災いがあったときに祭るものです。日月星辰の神は、雪や霜や風雨が時節に合わないときに祭るものです。君のお体のことは、出入りや飲食、喜怒哀楽の問題です。山川星辰の神が何をするというのでしょう。私はこう聞いております。君子には一日に四つの時がある。朝は政務を聴き、昼は人を訪ねて意見を問い、夕べは命令を整え、夜は身を休める。こうして気をほどよく調え発散させて、ふさがったり滞ったりさせないようにするのだ、と。
解説
この章句が説くこと
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