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春秋左氏伝 / 昭公元年 実沈と台駘

晉侯有疾。鄭伯使公孫僑如晉聘。且問疾。叔向問焉。曰。寡君之疾病。卜人曰。實沈臺駘為祟。史莫之知。敢問此何神也。子產曰。昔高辛氏有二子。伯曰閼伯。季曰實沈。居于曠林。不相能也。日尋干戈。以相征討。后帝不臧。遷閼伯于商丘。主辰。商人是因。故辰為商星。遷實沈于大夏。主參。唐人是因。以服事夏商。其季世曰唐叔虞。當武王邑姜。方震大叔。夢帝謂己。余命而子曰虞。將與之唐。屬諸參而蕃育其子孫。及生有文在其手。曰虞。遂以命之。及成王滅唐而封大叔焉。故參為晉星。

新字:晋侯有疾。鄭伯使公孫僑如晋聘。且問疾。叔向問焉。曰。寡君之疾病。卜人曰。実沈台駘為祟。史莫之知。敢問此何神也。子産曰。昔高辛氏有二子。伯曰閼伯。季曰実沈。居于曠林。不相能也。日尋干戈。以相征討。后帝不臧。遷閼伯于商丘。主辰。商人是因。故辰為商星。遷実沈于大夏。主参。唐人是因。以服事夏商。其季世曰唐叔虞。当武王邑姜。方震大叔。夢帝謂己。余命而子曰虞。将与之唐。属諸参而蕃育其子孫。及生有文在其手。曰虞。遂以命之。及成王滅唐而封大叔焉。故参為晋星。

書き下し

晉侯疾有り。鄭伯公孫僑をして晉に如きて聘し、且つ疾を問はしむ。叔向焉に問ひて曰く、「寡君の疾病なり。卜人曰く、『實沈・臺駘祟りを為す』と。史之を知る莫し。敢へて問ふ、此れ何の神ぞや」と。子產曰く、「昔高辛氏に二子有り。伯を閼伯と曰ひ、季を實沈と曰ふ。曠林に居り、相能くせざるなり。日に干戈を尋(もち)ひ、以って相征討す。后帝臧(よみ)せず、閼伯を商丘に遷し、辰を主らしむ。商人是れ因る。故に辰を商星と為す。實沈を大夏に遷し、參を主らしむ。唐人是れ因り、以って夏・商に服事す。其の季世を唐叔虞と曰ふ。武王の邑姜、方に大叔を震(はら)むに當たり、夢に帝己(おのれ)に謂ふ、『余而(なんぢ)の子に命(な)づけて虞と曰はしめ、將に之に唐を與へ、諸を參に屬して其の子孫を蕃育せしめん』と。生まるるに及び、文の其の手に在る有り、虞と曰ふ。遂に以って之に命づく。成王唐を滅ぼして大叔を焉に封ずるに及ぶ。故に參を晉星と為す。

現代語訳

晋侯(平公)が病気になった。鄭伯は公孫僑(子産)を晋に遣わして聘問させ、あわせて病気を見舞わせた。叔向(羊舌肸、晋の大夫)が子産に尋ねて言った。「わが君の病は重い。占い師は『実沈と台駘が祟っている』と言うが、史官にもそれが何か分かる者がいない。お尋ねしたいが、これはどういう神なのか」。子産は言った。「昔、高辛氏(帝嚳)に二人の子がありました。兄を閼伯、弟を実沈といいます。曠林に住んでいましたが、仲が悪く、毎日のように武器を取って攻め合っていました。帝尭はこれをよしとせず、閼伯を商丘に移して辰星(大火)の祭りを司らせました。商の人々はこれを受け継ぎました。それで辰星は商の星とされています。実沈は大夏に移して参星の祭りを司らせました。唐の人々はこれを受け継ぎ、夏と商に服属して仕えました。その末の代を唐叔虞といいます。周の武王の妃邑姜が大叔を身ごもっていたとき、夢に天帝が彼女に告げました。『私はおまえの子を虞と名づけさせ、唐の地を与え、参星に属させてその子孫を繁栄させよう』。生まれると、その手のひらに「虞」という模様がありました。そこでこれを名としました。成王が唐を滅ぼすと、大叔をそこに封じました。それで参星は晋の星とされているのです。

解説

晋の平公が病に伏し、見舞いに来た鄭の子産に、叔向が占いに出た神の正体を尋ねる。晋の史官さえ知らない神を、子産は古い系譜と星の配当から説き明かしてみせる。高辛氏の二人の子、閼伯と実沈は仲が悪く、帝によって東西に引き離され、それぞれ辰星(商の星)と参星(晋の星)を司った。参と辰(オリオン座と蠍座のアンタレス)は天の東西にあって同時には空に現れないことから、後世「参商」は、会えない者同士や不仲な兄弟のたとえとなった。この句はその由来を語る最古の記事の一つである。ここで注目したいのは、子産の知識の使い方である。彼は神を恐れるための知識としてではなく、次の句で「この神々は君の病とは関係がない」と結論するための前提として、これを語っている。専門外の人の問いに正確な知識で答えられることが、そのあとの率直な助言を相手に聞かせる力になっている。

この章句が説くこと

博識祭祀由来参商信頼

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