礼記 / 王制
天子諸侯祭因國之在其地而無主後者。 天子犆礿,祫禘,祫嘗,祫烝。諸侯礿則不禘,禘則不嘗,嘗則不烝,烝則不礿。諸侯礿,犆;禘,一犆一祫;嘗,祫;烝,祫。 天子社稷皆大牢,諸侯社稷皆少牢。大夫士宗廟之祭,有田則祭,無田則薦。庶人春薦韭,夏薦麥,秋薦黍,冬薦稻。韭以卵,麥以魚,黍以豚,稻以鴈。祭天地之牛,角繭栗;宗廟之牛,角握;賓客之牛,角尺。諸侯無故不殺牛,大夫無故不殺羊,士無故不殺犬豕,庶人無故不食珍。
新字:天子諸侯祭因国之在其地而無主後者。 天子犆礿,祫禘,祫嘗,祫烝。諸侯礿則不禘,禘則不嘗,嘗則不烝,烝則不礿。諸侯礿,犆;禘,一犆一祫;嘗,祫;烝,祫。 天子社稷皆大牢,諸侯社稷皆少牢。大夫士宗廟之祭,有田則祭,無田則薦。庶人春薦韭,夏薦麦,秋薦黍,冬薦稲。韭以卵,麦以魚,黍以豚,稲以鴈。祭天地之牛,角繭栗;宗廟之牛,角握;賓客之牛,角尺。諸侯無故不殺牛,大夫無故不殺羊,士無故不殺犬豕,庶人無故不食珍。
書き下し
天子・諸侯は、因国(いんこく)の其の地に在りて主後無き者を祭る。 天子は犆礿(とくやく)し、祫禘(こうてい)し、祫嘗し、祫烝す。諸侯は礿すれば則ち禘せず、禘すれば則ち嘗せず、嘗すれば則ち烝せず、烝すれば則ち礿せず。諸侯の礿は犆、禘は一たびは犆し一たびは祫し、嘗は祫し、烝は祫す。 天子の社稷は皆大牢(たいろう)、諸侯の社稷は皆少牢(しょうろう)。大夫・士の宗廟の祭は、田有れば則ち祭り、田無ければ則ち薦む。庶人は春に韭(にら)を薦め、夏に麦を薦め、秋に黍(きび)を薦め、冬に稲を薦む。韭は卵を以てし、麦は魚を以てし、黍は豚を以てし、稲は鴈(がん)を以てす。天地を祭るの牛は角繭栗(けんりつ)、宗廟の牛は角握(あく)、賓客の牛は角尺。諸侯は故無くして牛を殺さず、大夫は故無くして羊を殺さず、士は故無くして犬豕(けんし)を殺さず、庶人は故無くして珍を食らわず。
現代語訳
天子や諸侯は、自分の領地にかつてあった国で、祭りを受け継ぐ後継ぎの絶えたものについて、その祭りを代わって行う。 天子は、春の礿は各廟ごとに別々に祭り(犆)、夏の禘・秋の嘗・冬の烝は祖先の位牌を大祖の廟に集めて合わせ祭る(祫)。諸侯は、春に礿を行えば夏の禘は行わず、禘を行えば秋の嘗は行わず、嘗を行えば冬の烝は行わず、烝を行えば春の礿は行わない(その季節は天子に朝見するため)。諸侯の礿は各廟ごとに別々に祭り、禘は一度は別々に、一度は合わせて祭り、嘗と烝は合わせて祭る。 天子の社稷の祭りにはどちらも大牢(たいろう、牛・羊・豚をそろえた供物)を、諸侯の社稷にはどちらも少牢(しょうろう、羊と豚)を用いる。大夫や士の宗廟の祭りは、禄の田があれば正式に祭り、田がなければ季節の初物を供えるだけにする。庶人は、春には韭(にら)を、夏には麦を、秋には黍(きび)を、冬には稲を供える。韭には卵を、麦には魚を、黍には豚を、稲には鴈(がん)を添える。天地を祭る牛は角が繭や栗の実ほどの子牛、宗廟の牛は角が手で握れるほどの牛、賓客をもてなす牛は角が一尺ほどの牛を用いる。諸侯は祭りや饗宴などの理由がなければ牛を殺さず、大夫は理由なく羊を殺さず、士は理由なく犬や豚を殺さず、庶人は理由なくごちそうを食べない。
解説
この章句が説くこと
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礼記・曲礼下凡そ祭りは、其の廃する有れば、敢えて挙ぐる莫(な)く、其の挙ぐる有れば、敢えて廃する莫し。其の祭る所に非ずしてこれを祭る、名づけて淫祀と曰う。淫祀は福無し。 天子は犠牛を以てし、諸侯は肥牛を以てし、大夫は索牛を以てし、士は羊豕(ようし)を以てす。 支子(しし)は祭らず、祭らば必ず宗子に告ぐ。
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『春秋左氏伝』昭公元年 君子の四時是に由りて之を觀れば、則ち實沈は參の神なり。昔金天氏に裔子有り、昧と曰ふ。玄冥の師と為り、允格・臺駘を生む。臺駘能く其の官を業とし、汾・洮を宣(とほ)し、大澤を障(つつ)みて、以って大原に處る。帝用(もっ)て之を嘉し、諸を汾川に封ず。沈・姒・蓐・黃、實に其の祀を守る。今晉汾を主りて之を滅ぼせり。是に由りて之を觀れば、則ち臺駘は汾の神なり。抑(そもそも)此の二者は、君の身に及ばず。山川の神は、則ち水旱癘疫の災あれば、是に於いてか之を禜(まつ)る。日月星辰の神は、則ち雪霜風雨の時ならざれば、是に於いてか之を禜る。君の身の若きは、則ち亦た出入・飲食・哀樂の事なり。山川星辰の神、又何をか為さん。僑之を聞く、君子に四時有り。朝は以って政を聽き、晝は以って訪問し、夕は以って令を脩め、夜は以って身を安んず。是に於いてか其の气を節宣し、壅閉湫底する所有らしむること勿し。
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