春秋左氏伝 / 昭公元年 子南は夫なり
鄭徐吾犯之妹美。公孫楚聘之矣。公孫黑又使強委禽焉。犯懼。告子產。子產曰。是國無政。非子之患也。唯所欲與。犯請於二子。請使女擇焉。皆許之。子皙盛飾入。布幣而出。子南戎服入。左右射。超乘而出。女自房觀之。曰。子皙信美矣。抑子南夫也。夫夫婦婦。所謂順也。適子南氏。子皙怒。既而櫜甲以見子南。欲殺之。而取其妻。子南知之。執戈逐之。及衝。擊之以戈。子皙傷而歸。告大夫曰。我好見之。不知其有異志也。故傷。大夫皆謀之。子產曰。直鈞幼賤。有罪。罪在楚也。乃執子南而數之曰。
新字:鄭徐吾犯之妹美。公孫楚聘之矣。公孫黒又使強委禽焉。犯懼。告子産。子産曰。是国無政。非子之患也。唯所欲与。犯請於二子。請使女択焉。皆許之。子皙盛飾入。布幣而出。子南戎服入。左右射。超乗而出。女自房観之。曰。子皙信美矣。抑子南夫也。夫夫婦婦。所謂順也。適子南氏。子皙怒。既而櫜甲以見子南。欲殺之。而取其妻。子南知之。執戈逐之。及衝。撃之以戈。子皙傷而帰。告大夫曰。我好見之。不知其有異志也。故傷。大夫皆謀之。子産曰。直鈞幼賤。有罪。罪在楚也。乃執子南而数之曰。
書き下し
鄭の徐吾犯の妹美し。公孫楚之を聘せり。公孫黑又強ひて禽を委ねしむ。犯懼れて子產に告ぐ。子產曰く、「是れ國に政無きなり。子の患ひに非ず。唯だ與へんと欲する所のままにせよ」と。犯二子に請ひ、女をして擇ばしめんことを請ふ。皆之を許す。子皙盛飾して入り、幣を布きて出づ。子南戎服して入り、左右に射て、超乘して出づ。女房より之を觀て曰く、「子皙は信に美なり。抑〻子南は夫なり。夫は夫たり婦は婦たる、所謂順なり」と。子南氏に適く。子皙怒る。既にして甲を櫜にして以て子南に見え、之を殺して其の妻を取らんと欲す。子南之を知り、戈を執りて之を逐ひ、衝に及びて、之を擊つに戈を以てす。子皙傷つきて歸り、大夫に告げて曰く、「我好く之に見えんとせしに、其の異志有るを知らず。故に傷つけり」と。大夫皆之を謀る。子產曰く、「直鈞しければ、幼賤なるに罪有り。罪は楚に在るなり」と。乃ち子南を執へて之を數めて曰く、
現代語訳
鄭の徐吾犯の妹は美しかった。公孫楚(子南)がすでに彼女に婚約の贈り物をしていたが、公孫黒(子皙)もまた無理やり雁を届けさせて求婚した。徐吾犯は恐れて子産に相談した。子産は言った。「これは国に政治がないからで、あなたの罪ではない。妹を与えたいと思うほうに与えればよい」。徐吾犯は二人に、妹に選ばせてほしいと願い、二人とも承知した。子皙は華やかに着飾って入ってきて、贈り物を並べて出ていった。子南は武装して入ってきて、左右に矢を射てから、車に飛び乗って出ていった。妹は部屋の中からこれを見て言った。「子皙はまことに美しい。けれども子南こそ男らしい。夫が夫らしく、妻が妻らしくあるのが、いわゆる順というものです」。そして子南の家に嫁いだ。子皙は怒った。やがて衣の下に鎧を着込んで子南に会いに行き、彼を殺してその妻を奪おうとした。子南はそれを察し、戈を手にして子皙を追いかけ、四つ辻まで来たところで戈で打ちかかった。子皙は傷を負って帰り、大夫たちに告げて言った。「私は好意から彼に会いに行ったのに、彼が異心を抱いているとは知らなかった。それで傷を負わされたのだ」。大夫たちはみなこの件を協議した。子産は言った。「双方の言い分の正しさが同じなら、年少で身分の低いほうに罪がある。罪は楚(子南)にある」。そこで子南を捕らえ、その罪を数え上げて言った。
解説
この章句が説くこと
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『韓非子』難一第三十六安んぞ万世の利を待つに暇あらんや。万世の利を待つは、今日の勝に在り。今日の勝は、敵を詐るに在り。敵を詐るは、万世の利のみ。
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