葉隠 / 聞書第一
若き時分、殘念記と名づけて、其の日〳〵の誤りを書附けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寢てから案じて見れば、云ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利發任せにする人は、了簡におよばざることなり。
新字:若き時分、残念記と名づけて、其の日〳〵の誤りを書附けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、云ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡におよばざることなり。
書き下し
若き時分、残念記と名づけて、その日その日の誤りを書き付けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、言ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡(りょうけん)に及ばざることなり。
現代語訳
若い頃、「残念記」と名づけて、その日その日の誤りを書きつけてみたところ、一日に二十も三十もあって、きりがなかった。今でも一日を寝てから振り返ってみれば、言い損ない・仕損ないのない日はない。まったく完璧にはならぬものだ。才知に任せきる人には、こうした反省が及ばないのである。
解説
若き日に「残念記」という日記をつけ、その日の失敗を書き出したところ、一日に二、三十もあってきりがなかった、という自省の言葉です。今でも一日を振り返れば言い損ない・仕損ないのない日はない、と続きます。葉隠には「道とは我が非を知ること」という考えが繰り返し現れ、完成を認めず日々自分の非を見つめ続ける姿勢が説かれます。才知に任せて突き進む人は、この反省が及ばないと戒めます。現代でも、一日の終わりに小さな失敗を書き留める習慣は、慢心を防ぎ成長を続ける助けになるでしょう。完璧でないことを前提に、更新をやめない構えが要点です。
この章句が説くこと
自省我が非を知る失敗の記録慢心を戒める日々の更新完成を認めない
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