甲陽軍鑑 / 品第四十
但しさやうの人は我心よきまゝに大略の人をあさくみて自慢の意地ある者なり、とてもの儀に慢氣なくして、年增をばうやまい、年おとりを引きたて、同年をばたがひにうちとけ、其中によく近づく人のたらぬ事ある共よく異見を仕り、惣別人も我もよきやうにと存知、少しもへつらふたる儀いでば、心に心を耻る人は何に付けても大きにほめたる事なりといふて、
新字:但しさやうの人は我心よきまゝに大略の人をあさくみて自慢の意地ある者なり、とてもの儀に慢気なくして、年增をばうやまい、年おとりを引きたて、同年をばたがひにうちとけ、其中によく近づく人のたらぬ事ある共よく異見を仕り、惣別人も我もよきやうにと存知、少しもへつらふたる儀いでば、心に心を耻る人は何に付けても大きにほめたる事なりといふて、
書き下し
但しさやうの人は我心よきまゝに大略の人をあさくみて自慢の意地ある者なり、とてもの儀に慢気なくして、年增をばうやまい、年おとりを引きたて、同年をばたがひにうちとけ、其中によく近づく人のたらぬ事ある共よく異見を仕り、惣別人も我もよきやうにと存知、少しもへつらふたる儀いでば、心に心を耻る人は何に付けても大きにほめたる事なりといふて、
現代語訳
ただし、そのような人は我が心のよいままに、おおかたの人を浅く見て自慢の意地のある者である。とてもの儀に慢心なくして、年増を敬い、年下を引き立て、同年とは互いに打ち解け、その中でよく近づく人に足りない事があってもよく異見をいたし、総じて人も我もよいようにと存じ、少しでもへつらったような儀が出れば、心に心を恥じる人は、何につけても大きに褒めた事であると言って。
解説
自分の心を証人にするという考えに但し書きが付く。それだけでは、人を浅く見て自慢する者になりかねない。慢心を捨て、年上を敬い年下を引き立て、そのうえで自分の中にへつらいが出た時に、心が心を恥じる。自分で自分を裁く仕組みが、他人への態度と一組で語られている。自分で自分を裁く仕組みが、他人への態度と一組で語られている。慢心を捨てて年上を敬い年下を引き立てる、という条件が先に置かれる。
この章句が説くこと
自省慢気へつらい恥年増異見
関連する章句
-
論語・公冶長篇子曰く、已んぬるかな。吾未だ能く其の過を見て、内に自ら訟むる者を見ざるなり。
-
人物志・釋爭若し彼賢にして我が前に処らば、則ち我が徳の未だ至らざるなり。
-
葉隠・聞書第一若き時分、残念記と名づけて、その日その日の誤りを書き付けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、言ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡(りょうけん)に及ばざることなり。
-
説苑・君道宋大水す。魯人之を弔いて曰く、「天淫雨を降らし、谿谷満盈し、延いて君の地に及び、以て執政を憂えしむ、臣をして敬んで弔わしむ」と。宋人之に応えて曰く、「寡人不佞にして、斎戒謹まず、邑封修まらず、人を使うこと時ならず、天殃を加え、又君の憂いを遺す、命を拝するの辱を」と。君子之を聞きて曰く、「宋国其れ庶幾からんか」と。問いて曰く、「何の謂いぞや」と。曰く、「昔夏の桀殷の紂は其の過ちを任ぜず、其の亡ぶるや忽焉たり。成湯文武は其の過ちを任ずることを知り、其の興るや勃焉たり。夫れ過ちて之を改むるは、是れ猶お過たざるがごとし。故に曰く其れ庶幾からんかと」と。宋人之を聞き、夙に興き夜に寐ね、早に朝し晏に退き、死を弔い疾を問い、力を宇内に戮す。三年にして、歳豊かに政平らかなり。嚮に宋人をして君子の語を聞かざらしめば、則ち年穀未だ豊かならずして国未だ寧からず。詩に曰く、「時の仔肩を佛け、我に顕徳の行いを示す」と、此を之れ謂うなり。
-
牧民忠告・拜命命下るの日、則ち心を拊(う)ちて自ら省みる、何の勛閥(くんばつ)行能ありてか、茲の異数に膺(あた)る、と。苟(いやし)くも其の廩禄(りんろく)を要(もと)め、其の威権を仮(か)り、惟(ただ)己が私を済(な)し、報国を思う靡(な)くんば、天監(てんかん)伊(こ)れ邇(ちか)く、将に汝を容れざらんとす。夫れ人の直(ね)を受けて其の工(こう)を怠り、人の爵を儋(にな)いて其の事を曠(むな)しくせば、己は則ち逸するも、公道を如何(いかん)せん、百姓を如何せん。
-
葉隠・聞書第一学問(がくもん)はよき事なれども、多分(たぶん)、失(しつ)出来(いでく)るものなり。ある者を見ても、我が心の非(ひ)を知るべき為(ため)にすれば、そのまま用に立つなり。然れども斯様(かよう)には成り兼(か)ぬるものなり。大方(おおかた)見解(けんげ)が高くなり、理好(りず)きになるなり。江南和尚(こうなんおしょう)の禁(いまし)めの通りなり。