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春秋左氏伝 / 昭公元年 垂櫜して入る

小國失恃。而懲諸侯。使莫不憾者。距違君命。而有所壅塞不行是懼。不然。敝邑館人之屬也。其敢愛豐氏之祧。伍舉知其有備也。請垂櫜而入。許之。正月乙未。入逆而出。遂會於虢。尋宋之盟也。祁午謂趙文子曰。宋之盟。楚人得志於晉。今令尹之不信。諸侯之所聞也。子弗戒。懼又如宋。子木之信。稱於諸侯。猶詐晉而駕焉。況不信之尤者乎。楚重得志於晉。晉之恥也。子相晉國。以為盟主。於今七年矣。再合諸侯。三合大夫。服齊狄。寧東夏。平秦亂。城淳于。師徒不頓。

新字:小国失恃。而懲諸侯。使莫不憾者。距違君命。而有所壅塞不行是懼。不然。敝邑館人之属也。其敢愛豊氏之祧。伍舉知其有備也。請垂櫜而入。許之。正月乙未。入逆而出。遂会於虢。尋宋之盟也。祁午謂趙文子曰。宋之盟。楚人得志於晋。今令尹之不信。諸侯之所聞也。子弗戒。懼又如宋。子木之信。称於諸侯。猶詐晋而駕焉。況不信之尤者乎。楚重得志於晋。晋之恥也。子相晋国。以為盟主。於今七年矣。再合諸侯。三合大夫。服斉狄。寧東夏。平秦乱。城淳于。師徒不頓。

書き下し

小國恃みを失ひて、諸侯を懲らさば、憾みざる者莫からしめ、君命に距違して、壅塞して行はれざる所有らんことを是れ懼る。然らずんば、敝邑は館人の屬なり。其れ敢へて豐氏の祧を愛しまんや」と。伍舉其の備へ有るを知るなり、請ふ櫜を垂れて入らんと。之を許す。正月乙未、入りて逆へて出づ。遂に虢に會す。宋の盟を尋ぬるなり。祁午趙文子に謂ひて曰く、「宋の盟に、楚人晉に志を得たり。今令尹の不信、諸侯の聞く所なり。子戒めずんば、懼らくは又宋の如くならん。子木の信、諸侯に稱せらるるも、猶ほ晉を詐りて駕す。況んや不信の尤なる者をや。楚重ねて晉に志を得ば、晉の恥なり。子晉國に相として、以て盟主と為ること、今に於て七年なり。再び諸侯を合し、三たび大夫を合し、齊・狄を服し、東夏を寧んじ、秦の亂を平らげ、淳于に城く。師徒頓れず、

現代語訳

小国が頼みを失えば、諸侯への見せしめとなって、どの国も楚を恨まない者はいなくなり、貴国の君命に背いて、命令が滞って行われなくなることを恐れているのです。そうでなければ、わが国は貴国の宿舎の番人のようなものです。どうして豊氏の廟を惜しみましょうか」。伍挙は鄭に備えがあることを知り、弓袋を逆さに垂らして(武器を持たないことを示して)入城したいと願い出た。鄭はこれを許した。正月乙未の日、公子囲は城内に入って花嫁を迎え、出ていった。そのまま虢で諸侯と会合した。宋での盟約を再確認するためである。祁午が趙文子(趙武)に言った。「宋の盟では、楚が晋に対して思いどおりにしました。いまの令尹の不誠実さは、諸侯の知るところです。あなたが警戒なさらなければ、また宋のときのようになるのではないかと恐れます。子木(屈建)の誠実さは諸侯に称えられていましたが、それでも晋を欺いて上位に立ちました。まして誠実さに最も欠けた者であればなおさらです。楚が再び晋に対して思いどおりにすれば、それは晋の恥です。あなたが晋の宰相として盟主を務めて、今年で七年になります。二度諸侯を集め、三度大夫を集め、斉と狄を服従させ、東方の諸夏を安定させ、秦の乱を平らげ、淳于に城を築きました。軍は疲弊せず、

解説

前の句に続き、鄭の子羽が楚の公子囲に対して、小国が裏切られれば諸侯はみな楚を恨み、楚の命令が通らなくなると説く。脅しでも懇願でもなく、楚自身の利害に訴える論法である。伍挙はそこに鄭の備えを読み取り、弓袋を逆さに垂らして武器を持たないことを示す「垂櫜」で入城することを申し出た。鄭は花嫁を渡しながら、都を守りきったのである。後半は舞台が虢の会に移る。晋の祁午は執政の趙文子に、宋の盟で楚に上位を譲った前例を挙げ、信義で知られた子木でさえ晋を欺いたのだから、不信で知られる公子囲にはなおさら警戒せよと進言する。そして趙文子の七年間の功績を並べ、その名声を恥で終わらせてはならないと説く。相手の実績を数え上げてから警告するという、進言の仕方として巧みな言葉である。相手の備えを見て態度を改めた伍挙の判断も、交渉の実際をよく伝えている。趙文子の答えは次の句に続く。

この章句が説くこと

外交備え進言信義警戒

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