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春秋左氏伝 / 襄公三十年 子産、党に就かず

罕。駟。豐。同生。伯有汏侈。故不免。人謂子產。就直助彊。子產曰。豈為我徒。國之禍難。誰知所儆。或主彊直。難乃不生。姑成吾所。辛丑。子產斂伯有氏之死者而殯之。不及謀而遂行印段從之。子皮止之。眾曰。人不我順。何止焉。子皮曰。夫子禮於死者。況生者乎。遂自止之。壬寅。子產入。癸卯。子石入。皆受盟于子皙氏。乙巳。鄭伯及其大夫盟于大宮。盟國人于師之梁之外。伯有聞鄭人之盟己也。怒。聞子皮之甲。不與攻己也。喜。曰。子皮與我矣。癸丑。晨。自墓門之瀆入。因馬師頡介于襄庫。以伐舊北門。

新字:罕。駟。豊。同生。伯有汏侈。故不免。人謂子産。就直助彊。子産曰。豈為我徒。国之禍難。誰知所儆。或主彊直。難乃不生。姑成吾所。辛丑。子産斂伯有氏之死者而殯之。不及謀而遂行印段従之。子皮止之。衆曰。人不我順。何止焉。子皮曰。夫子礼於死者。況生者乎。遂自止之。壬寅。子産入。癸卯。子石入。皆受盟于子皙氏。乙巳。鄭伯及其大夫盟于大宮。盟国人于師之梁之外。伯有聞鄭人之盟己也。怒。聞子皮之甲。不与攻己也。喜。曰。子皮与我矣。癸丑。晨。自墓門之瀆入。因馬師頡介于襄庫。以伐旧北門。

書き下し

罕・駟・豐は同生なり。伯有は汏侈なり、故に免れず。人子產に謂ふ、「直に就き彊を助けよ」と。子產曰く、「豈に我が徒と為らんや。國の禍難、誰か儆むる所を知らん。或いは彊直を主とせば、難乃ち生ぜず。姑く吾が所を成さん」と。辛丑、子產伯有氏の死者を斂めて之を殯す。謀るに及ばずして遂に行く。印段之に從ふ。子皮之を止む。眾曰く、「人我に順はず、何ぞ止むるや」と。子皮曰く、「夫子は死者に禮あり、況んや生者をや」と。遂に自ら之を止む。壬寅、子產入る。癸卯、子石入る。皆盟を子皙氏に受く。乙巳、鄭伯其の大夫と大宮に盟ひ、國人と師之梁の外に盟ふ。伯有鄭人の己に盟ふを聞きて怒り、子皮の甲の己を攻むるに與らざるを聞きて喜び、曰く、「子皮我に與せり」と。癸丑、晨に、墓門の瀆より入り、馬師頡に因りて襄庫に介し、以て舊北門を伐つ。

現代語訳

罕氏・駟氏・豊氏はもとは同じ母から出た兄弟の一族で結束が固く、伯有は驕り高ぶっていたので、禍を免れなかったのである。ある人が子産に「道理のある側につき、強い側を助けなさい」と言った。子産は言った。「彼らがどうして私の仲間であろうか。国の禍難は、誰にもどう防げばよいかわからないものだ。もし強く正しい者が国の主となれば、禍難は起こらないだろう。ひとまず自分の立場を守っておこう」。辛丑の日、子産は伯有の家で死んだ者たちの遺体を収めて仮埋葬し、他の者と相談する間もなく、そのまま国外へ出ようとした。印段がこれに従った。子皮は子産を引き止めようとした。人々は言った。「あの人は我々に従わないのに、なぜ引き止めるのか」。子皮は言った。「あの方は死者にさえ礼を尽くす。まして生きている者にはなおさらだろう」。そして自ら出向いて引き止めた。壬寅の日、子産は都に戻った。癸卯の日、子石(印段)も戻った。二人とも子皙の家で盟約を受けた。乙巳の日、鄭伯とその大夫たちは大宮(始祖の廟)で盟い、国人とは師之梁の門の外で盟った。伯有は鄭の人々が自分に対抗して盟ったと聞いて怒り、子皮の兵が自分への攻撃に加わらなかったと聞いて喜び、「子皮は私の味方だ」と言った。癸丑の日の早朝、伯有は墓門の下水道から都に入り、馬師の頡(羽頡)を頼って襄公の武器庫で武装し、旧北門を攻めた。

解説

鄭の執政伯有が子皙に追われた直後、残された者たちがどう動いたかを描く。罕・駟・豊の三氏は同じ母から出た一族で結束しており、驕った伯有は孤立していた。ある人は子産に、正しく強い側、つまり勝ち馬につけと勧める。だが子産は「豈に我が徒と為らんや」と退け、どちらの派閥にも与せず、伯有の家で死んだ者たちを弔ってから国を去ろうとした。敗者の死者を葬るのは危険を伴う行為だが、子皮はそこに子産の人物を見て、「死者に礼ある人が生者に礼を欠くはずがない」と自ら引き止めに行った。のちに子皮が子産に政権を譲る伏線となる場面である。一方の伯有は、子皮の兵が動かなかったことを自分への支持と取り違えて挙兵し、破滅へ向かう。派閥抗争の中で中立を保つことの代価と、それを見ている人がいることが対照的に描かれている。

この章句が説くこと

中立派閥礼人物鑑識思い込み

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