春秋左氏伝 / 襄公二十九年 燕の幕上に巣くう
見子產。如舊相識。與之縞帶。子產獻紵衣焉。謂子產曰。鄭之執政侈。難將至矣。政必及子。子為政。慎之以禮。不然。鄭國將敗。適衛。說蘧瑗。史狗。史鰌。公子荊。公叔發。公子朝。曰。衛多君子。未有患也。自衛如晉。將宿於戚。聞鍾聲焉。曰。異哉。吾聞之也。辯而不德。必加於戮。夫子獲罪於君以在此。懼猶不足。而又何樂。夫子之在此也。猶燕之巢於幕上。君又在殯。而可以樂乎。遂去之。文子聞之。終身不聽琴瑟。適晉說趙文子。韓宣子。魏獻子。曰。晉國其萃於三族乎。說叔向。將行。謂叔向曰。吾子勉之。君侈而多良。大夫皆富。政將在家。吾子好直。必思自免於難。
新字:見子産。如旧相識。与之縞帯。子産献紵衣焉。謂子産曰。鄭之執政侈。難将至矣。政必及子。子為政。慎之以礼。不然。鄭国将敗。適衛。説蘧瑗。史狗。史鰌。公子荊。公叔発。公子朝。曰。衛多君子。未有患也。自衛如晋。将宿於戚。聞鍾声焉。曰。異哉。吾聞之也。弁而不徳。必加於戮。夫子獲罪於君以在此。懼猶不足。而又何楽。夫子之在此也。猶燕之巣於幕上。君又在殯。而可以楽乎。遂去之。文子聞之。終身不聴琴瑟。適晋説趙文子。韓宣子。魏献子。曰。晋国其萃於三族乎。説叔向。将行。謂叔向曰。吾子勉之。君侈而多良。大夫皆富。政将在家。吾子好直。必思自免於難。
書き下し
子產に見ゆること、舊より相識るが如し。之に縞帶を與ふ。子產、紵衣を獻ず。子產に謂ひて曰く、「鄭の執政は侈なり。難將に至らんとす。政必ず子に及ばん。子、政を為さば、之を慎むに禮を以てせよ。然らずんば、鄭國將に敗れんとす」と。衛に適き、蘧瑗・史狗・史鰌・公子荊・公叔發・公子朝を說びて曰く、「衛は君子多し。未だ患ひ有らざるなり」と。衛より晉に如かんとし、將に戚に宿せんとす。鍾聲を聞きて曰く、「異なるかな。吾之を聞く、辯じて德あらずんば、必ず戮に加へらると。夫子、罪を君に獲て以て此に在り。懼るるも猶ほ足らず、而るに又何をか樂しまん。夫子の此に在るや、猶ほ燕の幕上に巢くふがごとし。君又殯に在り、而るに以て樂しむべけんや」と。遂に之を去る。文子之を聞き、終身琴瑟を聽かず。晉に適き、趙文子・韓宣子・魏獻子を說びて曰く、「晉國其れ三族に萃まらんか」と。叔向を說ぶ。將に行かんとし、叔向に謂ひて曰く、「吾子之を勉めよ。君侈りて良多く、大夫皆富む。政將に家に在らんとす。吾子直を好む。必ず自ら難を免れんことを思へ」と。
現代語訳
季札は子産に会うと、昔からの知り合いのように打ち解けた。季札は子産に白絹の帯を贈り、子産は麻の衣を献じた。季札は子産に言った。「鄭の執政(伯有)は驕り高ぶっています。禍がまもなくやって来るでしょう。政権は必ずあなたのもとに来ます。あなたが政治を執るなら、礼によって慎重に行いなさい。そうでなければ鄭の国は敗れるでしょう」。衛に行き、蘧瑗(蘧伯玉)・史狗・史鰌(史魚)・公子荊・公叔発・公子朝を好ましく思って言った。「衛には君子が多い。まだ憂いはないだろう」。衛から晋へ向かう途中、戚の邑に泊まろうとした。そこで鐘の音が聞こえてきた。季札は言った。「奇妙なことだ。私はこう聞いている。争いを起こしながら徳がなければ、必ず誅戮を受けると。あの方(孫文子、孫林父)は主君に罪を得てここにいる。恐れ慎んでもまだ足りないのに、何を楽しむことがあろう。あの方がここにいるのは、燕が幕の上に巣を作っているようなもの(いつ落ちるか分からない危うさ)だ。しかも主君(衛の献公)はまだ殯にあって葬られていない。それなのに音楽を楽しんでよいものか」。そしてそこを立ち去った。孫文子はこれを聞いて、生涯、琴や瑟の音楽を聞かなかった。晋に行き、趙文子(趙武)・韓宣子(韓起)・魏献子(魏舒)を好ましく思って言った。「晋の国はいずれこの三つの家に集まるだろう」。叔向を好ましく思った。出発しようとするとき、叔向に言った。「あなたは努めなさい。君は奢侈で、良臣は多く、大夫たちはみな富んでいる。政権はいずれ大夫の家に移るだろう。あなたは正直を好む。必ず自ら禍を免れることを考えておきなさい」。
解説
この章句が説くこと
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