春秋左氏伝 / 襄公二十九年 同を棄てて異に即く
六月。知悼子合諸侯之大夫以城杞。孟孝伯會之。鄭子大叔與伯石往。子大叔見大叔文子。與之語。文子曰。甚乎其城杞也。子大叔曰。若之何哉。晉國不恤周宗之闕。而夏肄是屏。其棄諸姬。亦可知也已。諸姬是棄。其誰歸之。吉也聞之。棄同即異。是謂離德。詩曰。協比其鄰。昏姻孔云。晉不鄰矣。其誰云之。齊高子容。與宋司徒。見知伯。女齊相禮。賓出。司馬侯言於知伯曰。二子皆將不免。子容專。司徒侈。皆亡家之主也。知伯曰。何如。對曰。專則速及。侈將以其力斃。專則人實斃之。將及矣。范獻子來聘。拜城杞也。公享之。展莊叔執幣。射者三耦。公臣不足。取於家臣。家臣。
新字:六月。知悼子合諸侯之大夫以城杞。孟孝伯会之。鄭子大叔与伯石往。子大叔見大叔文子。与之語。文子曰。甚乎其城杞也。子大叔曰。若之何哉。晋国不恤周宗之闕。而夏肄是屏。其棄諸姫。亦可知也已。諸姫是棄。其誰帰之。吉也聞之。棄同即異。是謂離徳。詩曰。協比其鄰。昏姻孔云。晋不鄰矣。其誰云之。斉高子容。与宋司徒。見知伯。女斉相礼。賓出。司馬侯言於知伯曰。二子皆将不免。子容専。司徒侈。皆亡家之主也。知伯曰。何如。対曰。専則速及。侈将以其力斃。専則人実斃之。将及矣。范献子来聘。拝城杞也。公享之。展荘叔執幣。射者三耦。公臣不足。取於家臣。家臣。
書き下し
六月、知悼子、諸侯の大夫を合はせて以て杞に城く。孟孝伯之に會す。鄭の子大叔と伯石と往く。子大叔、大叔文子に見えて之と語る。文子曰く、「甚だしいかな、其の杞に城くや」と。子大叔曰く、「之を若何せんや。晉國、周宗の闕を恤へずして、夏肄を是れ屏(まも)る。其の諸姬を棄つること、亦た知るべきのみ。諸姬是れ棄つ、其れ誰か之に歸せん。吉や之を聞く、同を棄てて異に即く、是れを離德と謂ふと。詩に曰く、『其の鄰に協比し、昏姻孔(はなは)だ云(めぐ)る』と。晉、鄰せず、其れ誰か之を云らん」と。齊の高子容と宋の司徒と、知伯に見ゆ。女齊、禮を相く。賓出づ。司馬侯、知伯に言ひて曰く、「二子皆將に免れざらんとす。子容は專、司徒は侈、皆家を亡ぼすの主なり」と。知伯曰く、「何如」と。對へて曰く、「專なれば則ち速やかに及び、侈なれば將に其の力を以て斃れんとす。專なれば則ち人實に之を斃す。將に及ばんとす」と。范獻子來聘す。城杞を拜するなり。公之を享す。展莊叔、幣を執る。射者三耦。公臣足らず、家臣に取る。家臣は、
現代語訳
六月、知悼子(荀盈、晋の卿)が諸侯の大夫を集めて杞の城壁を築いた。魯の孟孝伯がこれに参加した。鄭からは子大叔(游吉)と伯石(公孫段)が行った。子大叔は衛の大叔文子(大叔儀)に会って語り合った。文子は言った。「ひどいものですね、杞の城を築くとは」。子大叔は言った。「どうしようもありません。晋は周の宗族の国々の衰えをかえりみず、夏王朝の末裔である杞を守っています。晋が姫姓の諸国を見捨てていることは、これでよく分かります。姫姓の諸国を見捨てて、いったい誰が晋に心を寄せるでしょう。私はこう聞いています。同族を捨てて異族につく、これを離徳(徳から離れる)というと。『詩経』に『隣人と仲睦まじくし、姻戚とも大いに親しむ』とあります。晋は隣人と親しまないのですから、誰が晋と親しもうとするでしょう」。斉の高子容(高止)と宋の司徒(華定)が知伯(知悼子)に面会した。女齊(司馬侯)が礼の介添えをした。客が退出すると、司馬侯は知伯に言った。「二人とも禍を免れないでしょう。子容は独断専行し、司徒は奢侈です。どちらも家を滅ぼす主です」。知伯は言った。「どういうことか」。司馬侯は答えた。「独断専行する者は禍が速く及びます。奢侈な者はいずれ自分の力を使い果たして倒れます。独断専行する者は、人がその者を倒すのです。禍はもう近いでしょう」。晋の范献子(士鞅)が魯に聘問に来た。杞の築城に参加したことへの礼である。襄公は彼をもてなした。展荘叔が贈り物の幣を執った。射礼の射手は三組必要であったが、公の臣では足りず、家臣から人を取った。家臣からは、
解説
この章句が説くこと
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