武家家訓集 / 武田信繁家訓九十九箇条第25〜27条
一以自面用所、不可裏御門出入事、語云、父子不同席、男女不同席、 一於朋友被隔心之族、仁道可嗜事、語曰、終食隙不違仁、 一毎日出仕不可懈怠事、語云、行有餘力、則以學文、付出仕之時先在人並所、其後奧江可參、畢竟可有我座敷、見合肝要之事、語云、三日不相見、莫爲舊時之看、況於君子哉、
新字:一以自面用所、不可裏御門出入事、語云、父子不同席、男女不同席、 一於朋友被隔心之族、仁道可嗜事、語曰、終食隙不違仁、 一毎日出仕不可懈怠事、語云、行有余力、則以学文、付出仕之時先在人並所、其後奥江可参、畢竟可有我座敷、見合肝要之事、語云、三日不相見、莫為旧時之看、況於君子哉、
書き下し
一、自面用所、裏御門より出入りすべからざる事。語に云ふ、父子席を同じくせず、男女席を同じくせず、と。 一、朋友に於いて心を隔てらるる族には、仁道を嗜むべき事。語に曰く、終食の間も仁に違はず、と。 一、毎日の出仕懈怠すべからざる事。語に云ふ、行ひて餘力有れば、則ち以て文を學ぶ、と。付けたり、出仕の時は先づ人並の所に在り、其の後奧へ參るべし。畢竟我が座敷有るべし、見合はせ肝要の事。語に云ふ、三日相見ざれば、舊時の看を爲す莫かれ、況んや君子に於いてをや、と。
現代語訳
一、自分の用向きのために、裏門から出入りしてはなりません。「父子は席を同じくせず、男女は席を同じくしない」といいます。一、友人のうち心を隔てられた者に対しては、仁の道を心がけることです。『論語』に「食事を終えるほどの短い間でも、仁に背かない」とあります。一、毎日の出仕を怠ってはなりません。「行って余力があれば、それで文を学ぶ」といいます。なお、出仕の際はまず人並みの席にいて、その後に奥へ参るのがよいでしょう。結局は自分の座敷があるはずで、見合わせることが肝要です。「三日会わなければ、昔の見方で見てはならない。まして君子ならなおさらだ」といいます。
解説
この章句が説くこと
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『講孟余話』公孫丑下 第十一章「子、長者を絶つか、長者、子を絶つか」。行を留めんと欲する者、斉戒して宿を越え、然る後敢へて言ふ。而して孟子一言の応もなく、几に隠りて臥す。是れ俗論より云はば、長者子を絶つなり、孟子より客を絶つなり。然れども行を留むる者、慮ること子思に及ばず、是れ孟子の応ぜざる所以なれば、子長者を絶つなり、客より孟子を絶つなり。世間の事斯くの如き者甚だ多し。大抵俗論の見る所は形の上なり、君子の論ずる所は心なり。譬へば今我れ巧言令色を以て人に親しまんと欲す、人必ず我を容れず、是れ我仁鮮きを以てなり。然れば人我を容れざるに非ず、我人をして容れしめざるなり。是等を以て其の他を推知すべし。抑々余嘗て深く疑ふ、今の世臣子思の如き者なきか、君繆公の如き者なきか、又君臣共になきか、又君臣共にありて未だ相遇はざるか、臣君を絶つか、君臣を絶つか、是れ遂に知るべからざるなり。(第十四塲上)
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