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武道初心集 / 假威竊威三

其物の我儘依怙最屓。內證の榮耀の程。御存じあるべき樣も無之。何もかも其者の致す義をば。宜しきとばかり思召。御油斷の上に於て。大きなる御難義にも及び。且は人をよく御存じなきは。主君大將の御人柄には似合不申と。世の謗りも必定に候。其上彼者は。主君の御耳目をさへ恐れ憚らぬ心からは。ましてや諸傍輩の氣をかね。おもはくを憚る義とては曾て無之。小役人共を愛付け。たとへば我が知る人近付の許へ付屆けを致すにも。主人の物入に致し遣はし。其向より返禮に來る音物をば。我が手前へとり込。其外來客を饗應とても。主君の御臺所より。酒の肴の茶の菓子のと申して持運ばせ。主の物は我が物。我が物は我が物と申す如くの仕形なれば。畢竟は主君の御勝手の弱りともなり。是亦御損の一つに候。右の次第を能々了簡致し。主君の御念比ふかく。御目をかけ被成に付ては。猶々我が身を謙り。心の驕りを抑へ愼しみ。兎にも角にも主君の御威光の耀く樣に仕る義肝要に候。忠臣は君有る事を知て。身有る事を知らず。とやらん申す古語も有之由に候。初心の武士心得のため仍如件。

新字:其物の我儘依怙最屓。内証の栄耀の程。御存じあるべき様も無之。何もかも其者の致す義をば。宜しきとばかり思召。御油断の上に於て。大きなる御難義にも及び。且は人をよく御存じなきは。主君大将の御人柄には似合不申と。世の謗りも必定に候。其上彼者は。主君の御耳目をさへ恐れ憚らぬ心からは。ましてや諸傍輩の気をかね。おもはくを憚る義とては曽て無之。小役人共を愛付け。たとへば我が知る人近付の許へ付届けを致すにも。主人の物入に致し遣はし。其向より返礼に来る音物をば。我が手前へとり込。其外来客を饗応とても。主君の御台所より。酒の肴の茶の菓子のと申して持運ばせ。主の物は我が物。我が物は我が物と申す如くの仕形なれば。畢竟は主君の御勝手の弱りともなり。是亦御損の一つに候。右の次第を能々了簡致し。主君の御念比ふかく。御目をかけ被成に付ては。猶々我が身を謙り。心の驕りを抑へ慎しみ。兎にも角にも主君の御威光の耀く様に仕る義肝要に候。忠臣は君有る事を知て。身有る事を知らず。とやらん申す古語も有之由に候。初心の武士心得のため仍如件。

書き下し

其物の我儘依怙最屓。內證の榮耀の程。御存じあるべき樣も無之。何もかも其者の致す義をば。宜しきとばかり思召。御油斷の上に於て。大きなる御難義にも及び。且は人をよく御存じなきは。主君大將の御人柄には似合不申と。世の謗りも必定に候。其上彼者は。主君の御耳目をさへ恐れ憚らぬ心からは。ましてや諸傍輩の氣をかね。おもはくを憚る義とては曾て無之。小役人共を愛付け。たとへば我が知る人近付の許へ付屆けを致すにも。主人の物入に致し遣はし。其向より返禮に來る音物をば。我が手前へとり込。其外來客を饗應とても。主君の御臺所より。酒の肴の茶の菓子のと申して持運ばせ。主の物は我が物。我が物は我が物と申す如くの仕形なれば。畢竟は主君の御勝手の弱りともなり。是亦御損の一つに候。右の次第を能々了簡致し。主君の御念比ふかく。御目をかけ被成に付ては。猶々我が身を謙り。心の驕りを抑へ愼しみ。兎にも角にも主君の御威光の耀く樣に仕る義肝要に候。忠臣は君有る事を知て。身有る事を知らず。とやらん申す古語も有之由に候。初心の武士心得のため仍如件。

現代語訳

その者のわがままなえこひいきや、内々の栄耀の程を、ご存じになるはずもなく、何もかもその者のすることをよしとばかりお思いになり、ご油断のうえに、大きなご難儀にも及び、また、人をよくご存じないのは、主君・大将のご人柄に似合わないと、世の謗りも必定です。そのうえ、その者は、主君の耳目さえ恐れはばからない心なのですから、まして同僚たちに気兼ねしたり、思わくをはばかったりすることなど全くありません。小役人たちをかわいがり、たとえば自分の知人のところへ付け届けをするにも、主人の費用にして遣わし、その先から返礼に来る音物は自分の手元へ取り込み、そのほか来客の饗応も、主君の台所から酒の肴だ、茶の菓子だと言って持ち運ばせ、主の物は我が物、我が物は我が物と言うような振る舞いなので、結局は主君の台所事情が苦しくなる原因ともなり、これもまたご損の一つです。以上の次第をよくよく考え、主君が懇ろに目をかけてくださるにつけては、いよいよ我が身をへりくだり、心の驕りを抑えて慎み、とにもかくにも主君の御威光が輝くようにすることが肝要です。忠臣は君があることを知って、身があることを知らない、とか申す古い言葉もあるそうです。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。

解説

この段では、権勢を盗んだ家来がどのように私利をふくらませるかが、具体的に描かれます。知人への付け届けは主君の費用で行い、先方からの返礼は自分の懐に入れる。来客の接待も主君の台所から酒の肴や菓子を運ばせる。主君は何も知らず、その者のすることをよしとばかり思う。友山はこれを「主の物は我が物、我が物は我が物」と皮肉をこめて言い切ります。結論として、主君に目をかけられた者は、かえって身をへりくだり、主君の威光が輝くよう努めよ、と説きます。現代でも、経費の使い方や取引先からの謝礼は、信頼される幹部ほど、他人の目に晒す習慣が求められます。信頼は特権ではなく、より厳しい自己規律の根拠です。

この章句が説くこと

公私混同経費謙遜忠臣信頼武道初心集

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