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春秋左氏伝 / 襄公二十六年 政は甯氏、祭は寡人

衛獻公使子鮮為復,辭。敬姒強命之,對曰:「君無信,臣懼不免。」敬姒曰:「雖然,以吾故也。許諾。」初,獻公使與甯喜言,甯喜曰:「必子鮮在;不然,必敗。」故公使子鮮,子鮮不獲命於敬姒,以公命與甯喜言曰:「苟反,政由甯氏,祭則寡人。」甯喜告蘧伯玉,伯玉曰:「瑗不得聞君之出,敢聞其入。」遂行,從近關出,告右宰穀,右宰穀曰:「不可,獲罪於兩君,天下誰畜之。」悼子曰:吾受命於先人,不可以貳。穀曰:我請使焉而觀之。遂見公於夷儀。反曰:君淹恤在外。十二年矣。而無憂色。亦無寬言。猶夫人也。若不已。死無日矣。悼子曰:子鮮在。右宰穀曰:子鮮在何益。多而能亡。於我何為。悼子曰:雖然。不可以已。孫文子在戚。孫嘉聘於齊。孫襄居守。

新字:衛献公使子鮮為復,辞。敬姒強命之,対曰:「君無信,臣懼不免。」敬姒曰:「雖然,以吾故也。許諾。」初,献公使与甯喜言,甯喜曰:「必子鮮在;不然,必敗。」故公使子鮮,子鮮不獲命於敬姒,以公命与甯喜言曰:「苟反,政由甯氏,祭則寡人。」甯喜告蘧伯玉,伯玉曰:「瑗不得聞君之出,敢聞其入。」遂行,従近関出,告右宰穀,右宰穀曰:「不可,獲罪於両君,天下誰畜之。」悼子曰:吾受命於先人,不可以貳。穀曰:我請使焉而観之。遂見公於夷儀。反曰:君淹恤在外。十二年矣。而無憂色。亦無寛言。猶夫人也。若不已。死無日矣。悼子曰:子鮮在。右宰穀曰:子鮮在何益。多而能亡。於我何為。悼子曰:雖然。不可以已。孫文子在戚。孫嘉聘於斉。孫襄居守。

書き下し

衛の獻公、子鮮をして復を為さしめんとす。辭す。敬姒強ひて之に命ず。對へて曰く、「君信無し。臣免れざるを懼る」と。敬姒曰く、「然りと雖も、吾が故を以てせよ」と。許諾す。初め、獻公甯喜と言はしむ。甯喜曰く、「必ず子鮮在れ。然らずんば必ず敗れん」と。故に公子鮮を使はす。子鮮命を敬姒に獲ず、公の命を以て甯喜と言ひて曰く、「苟くも反らば、政は甯氏に由り、祭は則ち寡人」と。甯喜蘧伯玉に告ぐ。伯玉曰く、「瑗は君の出づるを聞くを得ず、敢へて其の入るを聞かんや」と。遂に行き、近關より出づ。右宰穀に告ぐ。右宰穀曰く、「不可なり。罪を兩君に獲ば、天下誰か之を畜はん」と。悼子曰く、「吾命を先人に受く。以て貳すべからず」と。穀曰く、「我請ふ使ひして之を觀ん」と。遂に公に夷儀に見ゆ。反りて曰く、「君外に淹恤すること十二年なり。而も憂色無く、亦た寬言無し。猶ほ夫の人なり。若し已めずんば、死するに日無からん」と。悼子曰く、「子鮮在り」と。右宰穀曰く、「子鮮在るも何の益かあらん。多くとも能く亡げんのみ。我に於いて何をか為さん」と。悼子曰く、「然りと雖も、以て已むべからず」と。孫文子戚に在り。孫嘉齊に聘し、孫襄居守す。

現代語訳

衛の献公は、弟の子鮮(公子鱄)に復帰の交渉をさせようとした。子鮮は辞退した。母の敬姒が無理に命じると、子鮮は答えた。「君(献公)には信義がありません。私は災いを免れないのではないかと恐れます」。敬姒は言った。「そうではあっても、私のためだと思ってやりなさい」。子鮮は承知した。これより前、献公が甯喜(悼子)に話をもちかけさせたとき、甯喜は「必ず子鮮が加わること。そうでなければきっと失敗する」と言っていた。そのため献公は子鮮を使いに出したのである。子鮮は敬姒の命令を断りきれず、献公の命令として甯喜に伝えた。「もし国に戻れたら、政治は甯氏に任せ、祭祀だけは私(献公)が行う」。甯喜はこれを蘧伯玉(蘧瑗、衛の賢大夫)に告げた。伯玉は言った。「私(瑗)は君が国を出られたときにも関わりませんでした。どうして君が入られることに関わりましょうか」。そう言って国を出て、最も近い関所から出ていった。甯喜は右宰穀に告げた。右宰穀は言った。「いけません。二人の君(今の殤公と前の献公)の両方に罪を得たら、天下の誰がわれわれを養ってくれましょう」。悼子(甯喜)は言った。「私は父から遺命を受けている。二心をもつわけにはいかない」。右宰穀は言った。「では私が使いに行って、様子を見てきましょう」。そして夷儀で献公に会った。戻ってきて言った。「君は国外で十二年も苦労されたのに、憂いの色もなく、寛大な言葉もありません。昔のままのお人です。もしこの計画をやめなければ、われわれは遠からず死ぬでしょう」。悼子は言った。「子鮮がいる」。右宰穀は言った。「子鮮がいても何の役に立ちましょう。せいぜい自分が逃げ出せるだけです。われわれに何をしてくれましょうか」。悼子は言った。「そうではあっても、やめるわけにはいかない」。このとき孫文子(孫林父)は自分の邑の戚におり、孫嘉は斉に使いに出ており、孫襄が都の屋敷を守っていた。

解説

亡命中の衛の献公が、国内の甯喜と組んで復帰を図る場面である。献公は甯喜に「政は甯氏に由り、祭は則ち寡人」と約束した。政治の実権はすべて甯氏に渡し、自分は祭祀だけを行う、という破格の条件である。だが周りの反応は冷ややかだ。弟の子鮮は「君信無し」と使いを渋り、蘧伯玉は関わりを避けて国を出る。右宰穀は実際に献公に会い、十二年の亡命を経ても憂いも寛容も見えない、昔のままの人だと報告する。この観察が鋭い。苦境で人が変わったかどうかは、言葉の約束より顔つきや物言いに表れる。それでも甯喜は父の遺命を理由に引き返さない。条件の良さに目を奪われ、約束する側の人柄を見ようとしない。翌年、甯喜は献公の手の者に殺され、約束は反故になる。権限を大きく委ねるという申し出を受けるとき、相手のどこを見るべきかを考えさせる。

この章句が説くこと

信義権限委譲人物鑑識遺命君臣関係

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