春秋左氏伝 / 襄公二十三年 美疢は悪石に如かず
孟孫惡臧孫。季孫愛之。孟氏之御騶豐點。好羯也。曰。從余言。必為孟孫。再三云。羯從之。孟莊子疾。豐點謂公鉏。苟立羯。請讎臧氏。公鉏謂季孫曰。孺子秩固其所也。若羯立。則季氏信有力於臧氏矣。弗應。己卯。孟孫卒。公鉏奉羯立于戶側。季孫至。入哭而出。曰。秩焉在。公鉏曰。羯在此矣。季孫曰。孺子長。公鉏曰。何長之有。唯其才也。且夫子之命也。遂立羯。秩奔邾。臧孫入哭。甚哀多涕。出。其御曰。孟孫之惡子也。而哀如是。季孫若死。其若之何。臧孫曰。季之愛我。疾疢也。孟孫之惡我。藥石也。美疢不如惡石。夫石猶生我。疢之美。其毒滋多。孟孫死。吾亡無日矣。孟氏閉門。告於季孫曰。臧氏將為亂。不使我葬。季孫不信。臧孫聞之戒。
新字:孟孫悪臧孫。季孫愛之。孟氏之御騶豊点。好羯也。曰。従余言。必為孟孫。再三云。羯従之。孟荘子疾。豊点謂公鉏。苟立羯。請讎臧氏。公鉏謂季孫曰。孺子秩固其所也。若羯立。則季氏信有力於臧氏矣。弗応。己卯。孟孫卒。公鉏奉羯立于戸側。季孫至。入哭而出。曰。秩焉在。公鉏曰。羯在此矣。季孫曰。孺子長。公鉏曰。何長之有。唯其才也。且夫子之命也。遂立羯。秩奔邾。臧孫入哭。甚哀多涕。出。其御曰。孟孫之悪子也。而哀如是。季孫若死。其若之何。臧孫曰。季之愛我。疾疢也。孟孫之悪我。薬石也。美疢不如悪石。夫石猶生我。疢之美。其毒滋多。孟孫死。吾亡無日矣。孟氏閉門。告於季孫曰。臧氏将為乱。不使我葬。季孫不信。臧孫聞之戒。
書き下し
孟孫臧孫を惡み、季孫之を愛す。孟氏の御騶豐點、羯を好す。曰く、「余が言に從はば、必ず孟孫と為らん」と。再三云ふ。羯之に從ふ。孟莊子疾む。豐點公鉏に謂ふ、「苟くも羯を立てば、請ふ臧氏に讎せん」と。公鉏季孫に謂ひて曰く、「孺子秩は固より其の所なり。若し羯立たば、則ち季氏信に臧氏より力有らん」と。應へず。己卯、孟孫卒す。公鉏羯を奉じて戶側に立つ。季孫至り、入りて哭して出でて曰く、「秩焉くに在る」と。公鉏曰く、「羯此に在り」と。季孫曰く、「孺子長ぜり」と。公鉏曰く、「何の長か之れ有らん。唯だ其の才なり。且つ夫子の命なり」と。遂に羯を立つ。秩邾に奔る。臧孫入りて哭し、甚だ哀しみて涕多し。出づ。其の御曰く、「孟孫の子を惡むや、而るに哀しむこと是くの如し。季孫若し死せば、其れ之を若何せん」と。臧孫曰く、「季の我を愛するは、疾疢なり。孟孫の我を惡むは、藥石なり。美疢は惡石に如かず。夫れ石は猶ほ我を生かす。疢の美なるは、其の毒滋々多し。孟孫死す、吾亡ぶること日無からん」と。孟氏門を閉ぢ、季孫に告げて曰く、「臧氏將に亂を為さんとし、我をして葬らしめず」と。季孫信ぜず。臧孫之を聞きて戒む。
現代語訳
孟孫(孟荘子)は臧孫(臧紇)を憎み、季孫(季武子)は臧孫を愛していた。孟氏の御者頭の豊点は、孟荘子の子の羯と仲がよかった。豊点は羯に言った。「私の言うとおりにすれば、必ず孟孫の跡継ぎになれます」。それを再三言い、羯はそれに従った。孟荘子が病気になった。豊点は公鉏に言った。「もし羯を跡継ぎに立ててくれたら、臧氏への仕返しをお引き受けします」。公鉏は季孫に言った。「孟氏の若君秩(長子)が跡を継ぐのはもちろん当然の筋です。しかしもし羯が立てば、季氏の力が臧氏にまさることがはっきり示されましょう(臧氏が季氏の末子を立てたのと同じことを、季氏が孟氏でやってみせることになります)」。季孫は答えなかった。己卯の日、孟孫が死んだ。公鉏は羯を奉じて戸口のそばに立たせた(喪主の位置に置いた)。季孫がやって来て、中に入って哭し、出てきて言った。「秩はどこにいる」。公鉏は言った。「羯がここにおります」。季孫は言った。「若君(秩)のほうが年長だ」。公鉏は言った。「年長かどうかなど関係ありません。ただ才によるのです。それに孟孫様のご遺命です」。こうして羯を立てた。秩は邾に亡命した。臧孫が弔問に入って哭し、たいそう悲しんで涙を多く流した。出てくると、その御者が言った。「孟孫はあなたを憎んでいたのに、これほど悲しまれる。季孫が死んだら、いったいどうなさるおつもりですか」。臧孫は言った。「季孫が私を愛するのは、病のようなものだ。孟孫が私を憎むのは、薬や鍼のようなものだ。心地よい病は、苦い鍼に及ばない。鍼はそれでも私を生かしてくれる。病が心地よいほど、その毒はますます多い。孟孫が死んだ。私が滅びるのも遠くあるまい」。孟氏は門を閉ざし、季孫に告げて言った。「臧氏が乱を起こそうとしていて、我々に葬儀をさせないのです」。季孫は信じなかった。臧孫はこれを聞いて警戒した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』公孟程子曰く、「甚だしいかな、先生の儒を毁るや」と。子墨子曰く、「儒に固より此の各の四政無くして、我れ之を言わば、則ち是れ毁るなり。今、儒に固より此の四政有りて、我れ之を言わば、則ち毁るに非ざるなり、聞くを告ぐるなり」と。程子、辭無くして出づ。子墨子曰く、「之に迷えるかな」と。反り、後に坐して、進みて復た曰く、「鄉者、先生の言に聞く可き者有り。若し先生の言のごとくんば、則ち是れ禹を譽めず、桀紂を毁らざるなり」と。子墨子曰く、「然らず。夫れ孰辭に應ずるに、議に稱いて之を為すは、敏なり。厚く攻むれば則ち厚く吾れし、薄く攻むれば則ち薄く吾れす。孰辭に應じて議に稱うは、是れ猶お轅を荷いて蛾を擊つがごときなり」と。
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『呻吟語』内篇・應務・事手に到らざれば人を責むること盡く易し今人前輩先達の事を作すに自ら振拔せざるを見て、輒ち歎恨を生ず。知らず、渠我に當たる時にも也た人を歎恨するを會すや否や。我渠に當たる時に能く後人の歎恨を免るや否や。事手に到らざれば、人を責むること盡く易し。君が手に到る時を待ちて、事事努力して輕く放過せざれば便ち好し。只だ嘵嘵として人を責むるに任せば、他日縱ひ歎恨す可き無きも、今日亦た浮薄子なり。
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尚書・秦誓人を責むる斯れ難きこと無し、惟れ責めを受けて流るるが如くならしむる、是れ惟れ艱きかな。
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孟子・盡心章句下貉稽(ハク・ケイ)曰く、「稽大いに口に理あらず。」孟子曰く、「傷むこと無かれ。士は茲の多口に憎まる。詩に云う、『憂心悄悄たり、羣小に慍らる』とは、孔子なり。『肆(ついに)に厥に慍りを殄(たつ)たず、亦た厥の問を隕とさず』とは、文王なり。」
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『墨子』公孟二三子、子墨子に復して曰く、「告子曰く、『義を言いて行い甚だ惡し』と。請う、之を棄てん」と。子墨子曰く、「不可なり。我が言を稱して以て我が行いを毁るは、亡きに愈れり。人、此に有り、『翟は甚だ不仁なり、天を尊び、鬼に事え、人を愛して、甚だ不仁なり』と。猶お亡きに愈るなり。今、告子は言談甚だ辯にして、仁義を言いて吾を毁らず。告子は猶お亡きに愈るなり」と。
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『驢鞍橋』卷上夜話の次で去る者、何某殿は大名に似合はぬ欲深き人なりと云ふ。師聞て曰く、其方は我耻を云ひありく人哉。人を欲深い抔と云ふは、必ず人に用有る者の云ふ事也。我は終に今迄人を欲深しと思ひたる事なし。只世の中には我独り欲深き者と思ふ也。又彼者何某は大国の執権に似合はぬ無さばきなる人なりと云ふ。師曰、扨も非を知らぬ人哉。其方に大国をさばかせたらば、あの百分が一も成るべからす。我々の百石二百石の中さへ道らしくさばき得ぬ人々か、他の上計りを云はるゝは疎なる事也。只我を知らぬ物也。我は毎物扨ても成るまい事哉と思はるゝ也。然る間終に人を悪いと思ひたる事なし。只世の中には我独り悪き者と計り思はるゝ也。
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