春秋左氏伝 / 襄公二十三年 禍福に門なし
八月叔孫豹帥師救晉。次于雍榆。禮也。季武子無適子。公彌長。而愛悼子。欲立之。訪於申豐曰。彌與紇。吾皆愛之。欲擇才焉而立之。申豐趨退。歸。盡室將行。他日又訪焉。對曰。其然。將具敝車而行。乃止。訪於臧紇。臧紇曰。飲我酒。吾為子立之。季氏飲大夫酒。臧紇為客。既獻。臧孫命北面重席。新樽絜之。召悼子。降逆之。大夫皆起。及旅。而召公鉏。使與之齒。季孫失色。季氏以公鉏為馬正。慍而不出。閔子馬見之曰。子無然。禍福無門。唯人所召。為人子者。患不孝。不患無所。敬其父命。何常之有。若能孝敬。富倍季氏可也。姦回不軌。禍倍下民可也。公鉏然之。敬共朝夕。恪居官次。季孫喜。使飲己酒。而以具往。盡舍旃。故公鉏氏富。又出為公左宰。
新字:八月叔孫豹帥師救晋。次于雍榆。礼也。季武子無適子。公弥長。而愛悼子。欲立之。訪於申豊曰。弥与紇。吾皆愛之。欲択才焉而立之。申豊趨退。帰。尽室将行。他日又訪焉。対曰。其然。将具敝車而行。乃止。訪於臧紇。臧紇曰。飲我酒。吾為子立之。季氏飲大夫酒。臧紇為客。既献。臧孫命北面重席。新樽絜之。召悼子。降逆之。大夫皆起。及旅。而召公鉏。使与之歯。季孫失色。季氏以公鉏為馬正。慍而不出。閔子馬見之曰。子無然。禍福無門。唯人所召。為人子者。患不孝。不患無所。敬其父命。何常之有。若能孝敬。富倍季氏可也。姦回不軌。禍倍下民可也。公鉏然之。敬共朝夕。恪居官次。季孫喜。使飲己酒。而以具往。尽舎旃。故公鉏氏富。又出為公左宰。
書き下し
八月、叔孫豹師を帥ゐて晉を救ひ、雍榆に次る。禮なり。季武子に適子無し。公彌長ずれども、悼子を愛し、之を立てんと欲す。申豐に訪ひて曰く、「彌と紇と、吾皆之を愛す。才を擇びて之を立てんと欲す」と。申豐趨り退き、歸りて、室を盡して將に行かんとす。他日又焉に訪ふ。對へて曰く、「其れ然らば、將に敝車を具へて行かんとす」と。乃ち止む。臧紇に訪ふ。臧紇曰く、「我に酒を飲ましめよ。吾子の為に之を立てん」と。季氏大夫に酒を飲ましむ。臧紇客為り。既に獻じ、臧孫命じて北面して席を重ね、新樽之を絜くし、悼子を召し、降りて之を逆ふ。大夫皆起つ。旅するに及びて、公鉏を召し、之をして齒せしむ。季孫色を失ふ。季氏公鉏を以って馬正と為す。慍りて出でず。閔子馬之を見て曰く、「子然すること無かれ。禍福門無し、唯だ人の召く所なり。人の子為る者は、不孝を患へて、所無きを患へず。其の父の命を敬せよ、何の常か之れ有らん。若し能く孝敬ならば、富季氏に倍するも可なり。姦回不軌ならば、禍下民に倍するも可なり」と。公鉏之を然りとし、朝夕に敬共し、官次に恪居す。季孫喜び、己に酒を飲ましめしめて、具を以って往き、盡く旃を舍く。故に公鉏氏富み、又出でて公の左宰と為る。
現代語訳
八月、叔孫豹が軍を率いて晋を救援し、雍榆に駐屯した。礼にかなっている。季武子(季孫宿)には正妻の子がいなかった。公彌(公鉏)が年長であったが、季武子は悼子(紇)を愛し、これを跡継ぎに立てたいと思った。そこで家臣の申豊に相談して言った。「彌と紇、私はどちらも愛している。才能を見て選んで立てたいと思う」。申豊は小走りに退出し、家に帰ると、家族をまとめて出て行こうとした。別の日にまた季武子が相談すると、申豊は答えた。「そういうことでしたら、私はぼろ車を用意して出て行くつもりです」。季武子はそこで申豊に相談するのをやめた。次に臧紇(臧武仲)に相談した。臧紇は言った。「私に酒を振る舞ってください。あなたのためにその子を立ててさしあげましょう」。季氏は大夫たちに酒宴を開き、臧紇が主賓となった。献杯の礼が終わると、臧孫は命じて北向きに席を重ねて敷かせ、新しい酒樽を洗い清めさせ、悼子を呼び、自分は堂を降りて迎えた。大夫たちはみな立ち上がった。互いに杯を酌み交わす段になってから、公鉏を呼び、年齢順の席に並ばせた(跡継ぎではなく一般の子弟として扱った)。季孫は顔色を変えた。季氏は公鉏を馬正(家の馬を司る役)にした。公鉏は腹を立てて出仕しなかった。閔子馬が公鉏に会って言った。「そんなことをしてはいけない。禍福に決まった門はない。ただ人が自分で招くものだ。人の子たる者は、不孝であることを憂えるべきで、地位がないことを憂えるべきではない。父の命を敬いなさい。何事にも定まった常はない。もし孝敬を尽くせるなら、季氏の倍の富を得ることもありうる。よこしまで道にはずれたことをすれば、民の倍の禍を受けることもありうる」。公鉏はもっともだと思い、朝夕慎んで仕え、職務にまじめに励んだ。季孫は喜び、公鉏に自分を酒宴に招かせ、自分で宴の道具を持って出かけ、それをすべて公鉏のもとに置いてきた。そのため公鉏の家は富み、さらに公室に出て公の左宰となった。
解説
この章句が説くこと
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