春秋左氏伝 / 襄公二十二年 国卿は君の弐
十二月。鄭游販將歸晉。未出竟。遭逆妻者。奪之。以館于邑。丁巳。其夫攻子明殺之。以其妻行。子展廢良而立大叔。曰國卿。君之貳也。民之主也。不可以苟。請舍子明之類。求亡妻者。使復其所。使游氏勿怨。曰。無昭惡也。
新字:十二月。鄭游販将帰晋。未出竟。遭逆妻者。奪之。以館于邑。丁巳。其夫攻子明殺之。以其妻行。子展廃良而立大叔。曰国卿。君之貳也。民之主也。不可以苟。請舎子明之類。求亡妻者。使復其所。使游氏勿怨。曰。無昭悪也。
書き下し
十二月、鄭の游販將に晉に歸らんとす。未だ竟を出でずして、妻を逆ふる者に遭ひ、之を奪ひて、以って邑に館す。丁巳、其の夫子明を攻めて之を殺し、其の妻を以って行く。子展良を廢して大叔を立てて曰く、「國卿は、君の貳なり、民の主なり。以って苟にす可からず。請ふ子明の類を舍てん」と。亡妻者を求め、其の所に復さしむ。游氏をして怨むこと勿からしめて曰く、「惡を昭らかにすること無かれ」と。
現代語訳
十二月、鄭の游販(字は子明)は晋へ使者として赴こうとしていた。まだ国境を出ないうちに、妻を迎えに行く男に出会い、その妻を奪って、邑の宿舎に留め置いた。丁巳の日、その夫が子明を襲って殺し、妻を連れて去った。執政の子展は、游販の子の良を廃し、游氏の跡継ぎに大叔(游吉)を立てて言った。「国の卿は君の補佐であり、民の主である。いいかげんな者を立ててはならない。子明のような者の系統は捨てたい」。そして妻を奪われた男を探し出し、もとの住まいに戻らせた。また游氏に彼を怨まないよう命じて言った。「悪事を明るみにさらすことはするな」。
解説
鄭の卿游販が、使者として出発する途中で他人の花嫁を奪い、夫に殺された。執政の子展の処置が三つ記されている。まず游販の子を廃して、一族の中から大叔(游吉)を跡継ぎに立てた。理由は「国卿は君の弐なり、民の主なり」、卿は君主の副であり民の主だから、いいかげんな者には継がせられないというものである。次に、卿を殺した夫を罰せず、探し出して元の暮らしに戻した。そして游氏に報復を禁じ、「悪を昭らかにすること無かれ」と言った。游販の罪をこれ以上世間にさらしても、一族の恥が広まるだけで何の益もない。処罰と赦しと沈黙を組み合わせて、一族の面目と秩序の両方を保った処置である。この大叔が、のちに子産の後を継いで鄭の執政となる。不祥事の後始末で、責任の所在、被害者の救済、組織の体面をどう配分するかを示す一例になっている。
この章句が説くこと
人事責任後継者処断体面
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