翁問答 / 上卷之末
時と所も位もよくかなひ、苗も種もよく人事のつとめをよくはげましても、或は大旱にやけ或は長雨にくさり、或は大風にそこね或は虫くひて、秋のとりみなき事あり、これは天災といひて運命のなすところなり、時所位のよくかなふやうに分別し、人事のつとめをはげますは、みな人間の力にてなす業なるによつて、おしなへて人事と云、人事をよくつとめて災ひにおふは運命にして、人力の及ぶきはにあらざれば天災と云なり、人事をつとめずして災ひに遇ふは天災にあらず、自作の孽と云て我と作る禍なり耕作をあしくしてとりみなきが如し、人事のつとめに怠りて天道次第よなどいへるは、以外なる僻事なり、これにてあるひは家を興し國をひらき、或は家をうしなひ國をほろぼす、運命の端的をよく體認すべし、かやうに論ずれば、しなおほくむづかしきやうに候へども、つゞまるところは、明德をあきらかにする一つにきはまれり、明德だにあきらかに候へば、時所位の分別、人事のつとめ、運命のさだめ、みな鏡の形をうつすが如し。
新字:時と所も位もよくかなひ、苗も種もよく人事のつとめをよくはげましても、或は大旱にやけ或は長雨にくさり、或は大風にそこね或は虫くひて、秋のとりみなき事あり、これは天災といひて運命のなすところなり、時所位のよくかなふやうに分別し、人事のつとめをはげますは、みな人間の力にてなす業なるによつて、おしなへて人事と云、人事をよくつとめて災ひにおふは運命にして、人力の及ぶきはにあらざれば天災と云なり、人事をつとめずして災ひに遇ふは天災にあらず、自作の孽と云て我と作る禍なり耕作をあしくしてとりみなきが如し、人事のつとめに怠りて天道次第よなどいへるは、以外なる僻事なり、これにてあるひは家を興し国をひらき、或は家をうしなひ国をほろぼす、運命の端的をよく体認すべし、かやうに論ずれば、しなおほくむづかしきやうに候へども、つゞまるところは、明徳をあきらかにする一つにきはまれり、明徳だにあきらかに候へば、時所位の分別、人事のつとめ、運命のさだめ、みな鏡の形をうつすが如し。
書き下し
時と所も位もよくかなひ、苗も種もよく人事のつとめをよくはげましても、或は大旱にやけ或は長雨にくさり、或は大風にそこね或は虫くひて、秋のとりみなき事あり、これは天災といひて運命のなすところなり、時所位のよくかなふやうに分別し、人事のつとめをはげますは、みな人間の力にてなす業なるによつて、おしなへて人事と云、人事をよくつとめて災ひにおふは運命にして、人力の及ぶきはにあらざれば天災と云なり、人事をつとめずして災ひに遇ふは天災にあらず、自作の孽と云て我と作る禍なり耕作をあしくしてとりみなきが如し、人事のつとめに怠りて天道次第よなどいへるは、以外なる僻事なり、これにてあるひは家を興し国をひらき、或は家をうしなひ国をほろぼす、運命の端的をよく体認すべし、かやうに論ずれば、しなおほくむづかしきやうに候へども、つゞまるところは、明徳をあきらかにする一つにきはまれり、明徳だにあきらかに候へば、時所位の分別、人事のつとめ、運命のさだめ、みな鏡の形をうつすが如し。
現代語訳
時も所も位もよくかない、苗も種もよく、人事の努めをよく励ましても、あるいは大日照りに焼け、あるいは長雨に腐り、あるいは大風に損なわれ、あるいは虫に食われて、秋の収穫がないことがある。これは天災といって運命のなすところである。時・所・位がよくかなうように分別し、人事の努めを励ますのは、みな人間の力でなすわざなので、まとめて人事という。人事をよく努めて災いにあうのは運命であって、人の力の及ぶ限りではないので天災というのである。人事を努めずに災いにあうのは天災ではなく、自作の孽(わざわい)といって、自分で作る禍である。耕作を悪くして収穫がないようなものである。人事の努めを怠って「天道次第よ」などと言うのは、もってのほかの僻事である。これによって、あるいは家を興し国を開き、あるいは家を失い国を滅ぼす運命の要をよく体認すべきである。このように論じると、品が多く難しいように思われるが、つまるところは明徳を明らかにする一つに極まる。明徳さえ明らかであれば、時・所・位の分別も、人事の努めも、運命の定めも、みな鏡が形を映すようにはっきりする。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『十善法語』巻第一・不殺生戒此中初ニ人事ヲ全クシテ不殺生戒ヲ護持スル。人事カ全ケレハ自ラ天道アルコトヲ知ル。天道カ全ケレハ自ラ本性ニ達スル。生死相続縁起ノ趣ニ通達スル時節アルヘキシヤ。天地ノ天地タル所。大人ノ大人タル所ハ。生トシ生ル者ニ悉ク其所ヲ得セシムルニアル。万物ヲ各各生育メ止マヌ処ニアル。仏出世ニモアレ。仏不出世ニモアレ。此道常ニ存在シテ。世間ニ住スルシヤ。支那国ニモ。大人君子ハ自ラ此心アルシヤ。左伝ニ。叔了軍タチシテ費ヲ囲ム。初敗軍ス。平子怒テ云。費人ヲ見ハ執ヘヨト。冶区夫云。然ラス。若費人ヲ見ハ。寒タル者ニハ衣ヲ与ヘ。飢タル者ニハ食ヲ与ヘヨト。平子コレニ従フ。一年ヲ経テ其功有タト云コトシヤ。
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『春秋左氏伝』襄公二十二年 国卿は君の弐十二月、鄭の游販將に晉に歸らんとす。未だ竟を出でずして、妻を逆ふる者に遭ひ、之を奪ひて、以って邑に館す。丁巳、其の夫子明を攻めて之を殺し、其の妻を以って行く。子展良を廢して大叔を立てて曰く、「國卿は、君の貳なり、民の主なり。以って苟にす可からず。請ふ子明の類を舍てん」と。亡妻者を求め、其の所に復さしむ。游氏をして怨むこと勿からしめて曰く、「惡を昭らかにすること無かれ」と。
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『呻吟語』内篇・談道・人事は就ち是れ天命人事は就ち是れ天命なり。
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『甲陽軍鑑』品第六能人の埋るゝも世のならひ、悪き者うゆるもならひ、善悪をまぜあはするは皆是天道なりと心得べし一丹波国赤井と云男、七歳にて人を伐、赤井悪右衛門と名をよばれ、五畿内におひて己が人数五百千はかりにて敵五千六千をも数度戦て悪右衛門かたずといふことなし一四国阿波の三善修理太夫殿は、
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尚書・周官能く其の官にあたる者を挙ぐるは、惟れ爾の能なり。其の人に匪ざるを称ぐるは、惟れ爾の不任なり。」王曰く、「嗚呼(ああ)!三事暨び大夫、爾の有官を敬し、爾の有政を乱(をさ)めよ。以て乃の辟を佑け、永く兆民を康んじ、万邦惟れ斁(いと)ふこと無からしめよ。」
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尚書・湯誥王克夏より帰り、亳(はく)に至り、誕(おほ)いに万方に告ぐ。王曰く、「嗟(ああ)爾(なんぢ)万方の有衆、明らかに予一人の誥を聴け。惟れ皇上帝、衷(ちゆう)を下民に降す。恒性有るに若(したが)ひ、克く厥(そ)の猷(みち)に綏(やす)んぜしむるは惟れ后なり。夏王徳を滅ぼし威を作(な)し、以て虐を爾万方の百姓に敷く。爾万方の百姓、其の兇害に罹(かか)り、荼毒(とどく)に忍びず、並びに辜(つみ)無きを上下の神祇に告ぐ。天道は善に福し淫に禍す。災を夏に降し、以て厥の罪を彰(あら)はす。肆(ゆゑ)に台(われ)小子、天命の明威を将(おこな)ひ、敢へて赦さず。敢へて玄牡を用ひて、敢へて昭らかに上天の神后に告げ、罪を有夏に請ふ。聿(ここ)に元聖を求め、之と力を戮(あは)せ、以て爾有衆の与(ため)に命を請ふ。上天孚(まこと)に下民を佑け、罪人黜伏す。天命僭(たが)はず、賁(かざ)ること草木の若く、兆民允(まこと)に殖(さか)ゆ。予一人をして、爾の邦家を輯寧(しふねい)せしむ。茲(ここ)に朕未だ戻(つみ)を上下に獲るや知らず。栗栗(りつりつ)として危懼し、将に深淵に隕(お)ちんとするが若し。凡そ我が造邦、彝(つね)に匪(あら)ざるに従ふこと無く、慆淫(たういん)に即(つ)くこと無かれ。各(おのおの)爾の典を守り、以て天休を承けよ。爾善有らば、朕敢へて蔽(おほ)はず。罪朕が躬に当たらば、敢へて自ら赦さず。惟れ簡(えら)ぶこと上帝の心に在り。
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