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春秋左氏伝 / 襄公十五年 師慧、朝に人無しと言う

鄭尉氏。司氏。之亂其餘盜在宋。鄭人以子西。伯有。子產。之故。納賂于宋。以馬四十乘。與師茷。師慧。三月。公孫黑為質焉。司城子罕以堵女父。尉翩。司齊。與之。良司臣而逸之。託諸季武子。武子寘諸卞。鄭人醢之三人也。師慧過宋朝。將私焉。其相曰。朝也。慧曰。無人焉。相曰。朝也。何故無人。慧曰。必無人焉。若猶有人。豈其以千乘之相。易淫樂之矇。必無人焉故也。子罕聞之。固請而歸之。夏。齊侯圍成。貳於晉故也。於是乎城成郛。

新字:鄭尉氏。司氏。之乱其余盗在宋。鄭人以子西。伯有。子産。之故。納賂于宋。以馬四十乗。与師茷。師慧。三月。公孫黒為質焉。司城子罕以堵女父。尉翩。司斉。与之。良司臣而逸之。託諸季武子。武子寘諸卞。鄭人醢之三人也。師慧過宋朝。将私焉。其相曰。朝也。慧曰。無人焉。相曰。朝也。何故無人。慧曰。必無人焉。若猶有人。豈其以千乗之相。易淫楽之矇。必無人焉故也。子罕聞之。固請而帰之。夏。斉侯囲成。貳於晋故也。於是乎城成郛。

書き下し

鄭の尉氏・司氏の亂、其の餘盜宋に在り。鄭人子西・伯有・子產の故を以って、賂を宋に納る。馬四十乘と、師茷・師慧とを以ってす。三月、公孫黑焉に質と為る。司城子罕堵女父・尉翩・司齊を以って之に與ふ。司臣を良として之を逸し、諸を季武子に託す。武子諸を卞に寘く。鄭人之を醢にす、三人なり。師慧宋の朝を過り、將に私せんとす。其の相曰く、「朝なり」と。慧曰く、「人無し」と。相曰く、「朝なり。何の故に人無からん」と。慧曰く、「必ず人無からん。若し猶ほ人有らば、豈に其れ千乘の相を以って淫樂の矇に易へんや。必ず人無きが故なり」と。子罕之を聞き、固く請ひて之を歸す。夏、齊侯成を圍む。晉に貳するが故なり。是に於いてか成の郛に城く。

現代語訳

鄭の尉氏・司氏が起こした乱(西宮の難)の残党が宋に逃げていた。鄭の人々は、その乱で父を殺された子西(しせい)・伯有(はくゆう)・子産(しさん)のために、宋に贈り物をして残党の引き渡しを求めた。馬四十乗(百六十頭)と、楽師の師茷(しはつ)・師慧(しけい)を贈ったのである。三月、公孫黒(こうそんこく)が人質として宋へ行った。司城の子罕(しかん、楽喜)は、堵女父(とじょほ)・尉翩(いへん)・司斉(しせい)を鄭に引き渡した。司臣(ししん)については、その人物を良しとして逃がし、魯の季武子に預けた。季武子は彼を卞の邑に置いた。鄭の人々は引き渡された三人を塩漬けの刑にした。師慧は宋の朝廷の前を通りかかり、そこで小便をしようとした。手引きの者が言った。「ここは朝廷です」。師慧は言った。「人がいない」。手引きの者は言った。「朝廷です。どうして人がいないことがありましょう」。師慧は言った。「きっと人がいないのだ。もしまともな人がいるなら、千乗の大国の宰相たちの頼みを聞くのに、淫らな音楽を奏でる盲人などと引き換えにするはずがない。人がいないからこそ、そんなことをするのだ」。子罕はこれを聞き、宋公に強く願い出て師慧を鄭に帰らせた。夏、斉侯が魯の成の邑を包囲した。斉が晋に二心を抱いたからである。そこで魯は成の外城を築いた。

解説

鄭が内乱の残党の引き渡しを求めて宋に賄賂を贈った一件である。贈り物の中には馬とともに二人の盲目の楽師が含まれていた。人が物のように贈られる時代である。その一人の師慧が、宋の朝廷の前で小便をしようとし、制止されると「人無し」と言い放つ。まともな人物がいれば、大国の執政の依頼を、楽師ごときを受け取って引き受けたりはしないだろう、という痛烈な皮肉である。贈り物として差し出された者が、受け取った側の見識の低さを突いたのである。これを聞いた子罕は、恥じて師慧を鄭に帰した。子罕は次の句で「不貪を宝と為す」と語る清廉な人物で、この一件でも批判を受け止める器量を見せている。立場の弱い者の一言に耳を傾けられるかどうかで、組織の見識が問われる場面がある。

この章句が説くこと

皮肉見識賄賂受容人の尊厳

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