師導古典を学びたいすべての人に

秘本玉くしげ / 下 賄賂の損得

すべて世中に此筋盛んなるゆゑに、おのづから國政正しくは行はれがたく、又上に損失ある事おびただしく、下にも損害甚多し。たとへば、金千兩入べきところをも、役人へ三百兩賄すれば五百兩にてすむゆゑに、下にも二百兩の得あれども、上には五百兩だけの所の損あり。或は五百兩にてすむべき事も、賄をせざれば七百兩も八百兩も入りて、其二百兩三百兩は脇道へぬけ行やうの事も有て、上にも利なく、下には大損ありて、あまつさへ上を恨み奉ること甚し。されば、國政の大害、下民の大害、此賄に過たるはなし。

新字:すべて世中に此筋盛んなるゆゑに、おのづから国政正しくは行はれがたく、又上に損失ある事おびただしく、下にも損害甚多し。たとへば、金千両入べきところをも、役人へ三百両賄すれば五百両にてすむゆゑに、下にも二百両の得あれども、上には五百両だけの所の損あり。或は五百両にてすむべき事も、賄をせざれば七百両も八百両も入りて、其二百両三百両は脇道へぬけ行やうの事も有て、上にも利なく、下には大損ありて、あまつさへ上を恨み奉ること甚し。されば、国政の大害、下民の大害、此賄に過たるはなし。

書き下し

すべて世中に此筋盛んなるゆゑに、おのづから国政正しくは行はれがたく、又上に損失ある事おびただしく、下にも損害甚多し。たとへば、金千両入べきところをも、役人へ三百両賄すれば五百両にてすむゆゑに、下にも二百両の得あれども、上には五百両だけの所の損あり。或は五百両にてすむべき事も、賄をせざれば七百両も八百両も入りて、其二百両三百両は脇道へぬけ行やうの事も有て、上にも利なく、下には大損ありて、あまつさへ上を恨み奉ること甚し。されば、国政の大害、下民の大害、此賄に過たるはなし。

現代語訳

すべて世の中にこの筋が盛んであるために、おのずと政治は正しく行われがたく、また上に損失があることも甚だしく、下にも損害が甚だ多い。たとえば、金千両かかるべきところも、役人へ三百両賄賂を使えば五百両で済むから、下にも二百両の得があるけれども、上には五百両だけの損がある。あるいは五百両で済むべき事も、賄賂を使わなければ七百両も八百両もかかって、その二百両三百両は脇道へ抜けていくようなこともあって、上にも利がなく、下には大損があり、そのうえ上を恨み申し上げることが甚だしい。であるから、政治の大害、民の大害で、この賄賂に過ぎるものはない。

解説

賄賂の害を、道徳ではなく金額で示す。千両の工事を三百両の賄賂で五百両にすれば、業者は二百両の得、藩は五百両の損。逆に賄賂を使わなければ七百両八百両かかって、差額は脇道へ抜ける。どちらに転んでも上は損をする。宣長が数字を並べたのは、賄賂を「よくないこと」ではなく「割に合わないこと」として示すためだろう。そして結びが効いている。「あまつさへ上を恨み奉ること甚し」。損をさせられた側が、上を恨む。金を取られたうえに、信用まで失う。二重の損だという計算である。前段で宣長は、賄賂を受け取る心情そのものは「さのみ答ともいひがたし」——人情として責めきれない、とも書いている。人を責めずに、構造の損得で語る手つきが一貫している。

この章句が説くこと

賄賂千両と三百両脇道へ抜ける二重の損

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる