甲陽軍鑑 / 品第四十一
國の仕置武士までの事にいろはせ給へば、其家老必らず賄賂にふけり、禮物をもつて諸役者に諸奉公人共なるにより、彼役者どもの存分我立身したることわざをば、死するまでもよきことと存ずるに付、いはんや存生さかんの時、我に音信つかふ人をば善惡の辨もなく、これはよき人と存じ、御大將へ出頭よく取成て、禮物つかふ人ばかり立身して本のよき者はおし付られ、心いさむ事なく、さながら其大將へ無沙汰申し、ゆく〳〵用にも立まじきと思ふなり、
新字:国の仕置武士までの事にいろはせ給へば、其家老必らず賄賂にふけり、礼物をもつて諸役者に諸奉公人共なるにより、彼役者どもの存分我立身したることわざをば、死するまでもよきことと存ずるに付、いはんや存生さかんの時、我に音信つかふ人をば善悪の弁もなく、これはよき人と存じ、御大将へ出頭よく取成て、礼物つかふ人ばかり立身して本のよき者はおし付られ、心いさむ事なく、さながら其大将へ無沙汰申し、ゆく〳〵用にも立まじきと思ふなり、
書き下し
国の仕置武士までの事にいろはせ給へば、其家老必らず賄賂にふけり、礼物をもつて諸役者に諸奉公人共なるにより、彼役者どもの存分我立身したることわざをば、死するまでもよきことと存ずるに付、いはんや存生さかんの時、我に音信つかふ人をば善悪の弁もなく、これはよき人と存じ、御大将へ出頭よく取成て、礼物つかふ人ばかり立身して本のよき者はおし付られ、心いさむ事なく、さながら其大将へ無沙汰申し、ゆく〳〵用にも立まじきと思ふなり、
現代語訳
国の仕置きから武士までの事に手を出させ給えば、その家老は必ず賄賂にふけり、礼物をもって諸役者に諸奉公人ともなるにより、あの役者どもの存分は、我が立身したるわざをば死するまでもよき事と存ずるにつき、いわんや存生の盛んな時、我に音信を使う人をば善悪の弁えもなく、これはよき人と存じ、御大将へ出頭よく取り成して、礼物を使う人ばかり立身して、本のよき者は押し付けられ、心の勇む事なく、さながらその大将へ無沙汰を申し、ゆくゆく用にも立つまいと思うのである。
解説

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