秘本玉くしげ / 下 使う者を罰す
これを止る法は、まづ賄を取者を禁むるのみならず、これをつかふ者をきびしくいましめて、何事によらずいささかにても賄をつかふ者相しるるに於ては、急度曲事に申付べしとの旨をつねづねふれおかれて、もし犯す者あらんには、一人二人きびしく答められなどせば、つかふ者は勿論にて、とる人もおのづからきみわろかるべし。上の制禁ならんには、これをつかはぬを怒ることも得せじ。そもそも賄は、つかふ者にはとがなくして、罪は取者にある事なれ共、取者をのみ制しては止がたければ、つかふ者をいましむるも一つの權道なるべきにや。
新字:これを止る法は、まづ賄を取者を禁むるのみならず、これをつかふ者をきびしくいましめて、何事によらずいささかにても賄をつかふ者相しるるに於ては、急度曲事に申付べしとの旨をつねづねふれおかれて、もし犯す者あらんには、一人二人きびしく答められなどせば、つかふ者は勿論にて、とる人もおのづからきみわろかるべし。上の制禁ならんには、これをつかはぬを怒ることも得せじ。そもそも賄は、つかふ者にはとがなくして、罪は取者にある事なれ共、取者をのみ制しては止がたければ、つかふ者をいましむるも一つの権道なるべきにや。
書き下し
これを止る法は、まづ賄を取者を禁むるのみならず、これをつかふ者をきびしくいましめて、何事によらずいささかにても賄をつかふ者相しるるに於ては、急度曲事に申付べしとの旨をつねづねふれおかれて、もし犯す者あらんには、一人二人きびしく答められなどせば、つかふ者は勿論にて、とる人もおのづからきみわろかるべし。上の制禁ならんには、これをつかはぬを怒ることも得せじ。そもそも賄は、つかふ者にはとがなくして、罪は取者にある事なれ共、取者をのみ制しては止がたければ、つかふ者をいましむるも一つの権道なるべきにや。
現代語訳
これを止める方法は、まず賄賂を取る者を禁じるだけでなく、これを使う者を厳しく戒めて、何事によらずわずかでも賄賂を使う者が知れたときは、必ず不正として処分すると常々触れ出しておき、もし犯す者があれば、一人二人を厳しく咎めたりすれば、使う者はもちろん、取る人もおのずと気味悪くなるだろう。上の禁令であるなら、これを使わないことを怒ることもできまい。そもそも賄賂は、使う者には咎がなく、罪は取る者にあることだが、取る者だけを制しては止めがたいのだから、使う者を戒めるのも一つの方便であろうか。
解説
この章句が説くこと
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『秘本玉くしげ』下 賄賂の損得すべて世中に此筋盛んなるゆゑに、おのづから国政正しくは行はれがたく、又上に損失ある事おびただしく、下にも損害甚多し。たとへば、金千両入べきところをも、役人へ三百両賄すれば五百両にてすむゆゑに、下にも二百両の得あれども、上には五百両だけの所の損あり。或は五百両にてすむべき事も、賄をせざれば七百両も八百両も入りて、其二百両三百両は脇道へぬけ行やうの事も有て、上にも利なく、下には大損ありて、あまつさへ上を恨み奉ること甚し。されば、国政の大害、下民の大害、此賄に過たるはなし。
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尚書・呂刑獄貨は寶に非ず。
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二宮翁夜話・巻之三翁曰く、太古交際の道、互に信義を通ずるに心力を尽し四体(したい)を労(ろう)して交を結びしなり。如何となれば金銀貨幣(かへい)少きが故なり。後世金銀の通用盛んに成りて、交際の上音信贈答(おんしんぞうとう)皆金銀を用ゐるより、通信自在にして便利極れり。是より賄賂(わいろ)と云ふ事起り、礼を行ふといひ信を通ずるといひ、終に賄賂に陥り、是が為に曲直(きょくちょく)明ならず法度(はっと)正からず、信義廃(すた)れて賄賂盛んに行はれ、百事賄賂にあらざれば弁ぜざるに至る。予始めて桜町に至る、彼の地の奸民(かんみん)争ふて我に賄賂す、予塵芥(じんかい)だも受けず。是より善悪邪正判然として、信義貞実(ていじつ)の者初めて顕(あらわ)れたり。尤も恐るべきは此賄賂なり。卿等(けいら)誓(ちか)ひて此物に汚(けが)さるゝ事なかれ。
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『韓非子』外儲説右下第三十五夫れ即し魚を受けば、必ず人に下るの色有らん。人に下るの色有らば、將に法を枉げんとす。法を枉げば則ち相を免ぜられん。
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史記 伍子胥列伝後五年、越を伐つ。越王句踐迎へ撃ち、呉を姑蘇に敗り、闔廬の指を傷つく。軍卻く。闔廬創に病み将に死せんとして、太子夫差に謂ひて曰く、「爾、句踐の爾の父を殺ししを忘るるか」と。夫差対へて曰く、「敢て忘れじ」と。是の夕、闔廬死す。夫差既に立ちて王と為り、伯嚭を以て太宰と為し、戦射を習ふ。二年の後、越を伐ち、越を夫湫に敗る。越王句踐乃ち余兵五千人を以て会稽の上に棲み、大夫種をして幣を厚くし呉の太宰嚭に遺りて以て和を請ひ、国を委ねて臣妾と為らんことを求めしむ。呉王将に之を許さんとす。伍子胥諫めて曰く、「越王の人と為りは能く辛苦す。今王滅ぼさずんば、後必ず之を悔いん」と。呉王聴かず、太宰嚭の計を用ゐ、越と平らぐ。