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春秋左氏伝 / 襄公十年 師競ふこと已甚し

六月。楚子囊。鄭子耳。伐宋。師于訾毋。庚午。圍宋門于桐門。晉荀罃伐秦。報其侵也。衛侯救宋。師于襄牛。鄭子展曰。必伐衛。不然。是不與楚也。得罪於晉。又得罪於楚。國將若之何。子駟曰。國病矣。子展曰。得罪於二大國必亡。病不猶愈於亡乎。諸大夫皆以為然。故鄭皇耳帥師侵衛。楚令也。孫文子卜追之。獻兆於定姜。姜氏問繇曰。兆如山陵。有夫出征。而喪其雄。姜氏曰。征者喪雄。禦寇之利也。大夫圖之。衛人追之。孫蒯獲鄭皇耳于犬丘。秋。七月。楚子囊。鄭子耳。伐我西鄙。還圍蕭。八月。丙寅。克之。九月。子耳侵宋北鄙。孟獻子曰。鄭其有災乎。師競已甚。周猶不堪競。況鄭乎。有災。其執政之三士乎。莒人間諸侯之有事也。故伐我東鄙。

新字:六月。楚子嚢。鄭子耳。伐宋。師于訾毋。庚午。囲宋門于桐門。晋荀罃伐秦。報其侵也。衛侯救宋。師于襄牛。鄭子展曰。必伐衛。不然。是不与楚也。得罪於晋。又得罪於楚。国将若之何。子駟曰。国病矣。子展曰。得罪於二大国必亡。病不猶愈於亡乎。諸大夫皆以為然。故鄭皇耳帥師侵衛。楚令也。孫文子卜追之。献兆於定姜。姜氏問繇曰。兆如山陵。有夫出征。而喪其雄。姜氏曰。征者喪雄。禦寇之利也。大夫図之。衛人追之。孫蒯獲鄭皇耳于犬丘。秋。七月。楚子嚢。鄭子耳。伐我西鄙。還囲蕭。八月。丙寅。克之。九月。子耳侵宋北鄙。孟献子曰。鄭其有災乎。師競已甚。周猶不堪競。況鄭乎。有災。其執政之三士乎。莒人間諸侯之有事也。故伐我東鄙。

書き下し

六月、楚の子囊・鄭の子耳、宋を伐ち、訾毋(しぶ)に師す。庚午、宋を圍み、桐門に門す。晉の荀罃、秦を伐つ。其の侵に報ゆるなり。衛侯、宋を救ひ、襄牛に師す。鄭の子展曰く、「必ず衛を伐て。然らずんば、是れ楚に與せざるなり。罪を晉に得、又罪を楚に得ば、國將に之を若何せん」と。子駟曰く、「國病めり」と。子展曰く、「罪を二大國に得ば必ず亡びん。病むは猶ほ亡ぶるに愈らずや」と。諸大夫皆以て然りと為す。故に鄭の皇耳、師を帥ゐて衛を侵す。楚の令なり。孫文子、之を追ふを卜し、兆を定姜に獻ず。姜氏、繇(ちう)を問ふ。曰く、「兆は山陵の如し。夫有りて出征し、而して其の雄を喪ふ」と。姜氏曰く、「征する者雄を喪ふは、寇を禦ぐの利なり。大夫之を圖れ」と。衛人之を追ひ、孫蒯、鄭の皇耳を犬丘に獲たり。秋七月、楚の子囊・鄭の子耳、我が西鄙を伐ち、還りて蕭を圍む。八月丙寅、之に克つ。九月、子耳、宋の北鄙を侵す。孟獻子曰く、「鄭其れ災有らんか。師の競ふこと已甚し。周すら猶ほ競ふに堪へず、況んや鄭をや。災有らば、其れ執政の三士か」と。莒人、諸侯の事有るを間(うかが)ひ、故に我が東鄙を伐つ。

現代語訳

六月、楚の子囊と鄭の子耳が宋を討ち、訾毋に陣を敷いた。庚午の日、宋を包囲して、桐門を攻めた。晋の荀罃は秦を討った。秦が晋に侵攻したことへの報復である。衛の献公は宋を救援し、襄牛に陣を敷いた。鄭の子展は言った。「必ず衛を討つべきです。そうしなければ、楚の味方をしないことになります。晋にも罪を得たうえに楚にも罪を得たら、国はどうなりましょう」。子駟は言った。「国はもう疲れ果てている」。子展は言った。「二つの大国に罪を得れば、必ず滅びます。疲れるほうが、滅びるよりはまだましではありませんか」。大夫たちは皆それに賛成した。そこで鄭の皇耳が軍を率いて衛に侵攻した。楚の命令によるものである。衛の孫文子(孫林父)は皇耳を追撃すべきかどうかを亀卜で占い、その卜兆を定姜(ていきょう、衛の定公の夫人)に差し出した。定姜が占いの言葉を尋ねると、占い師は言った。「兆は山や丘のような形をしている。ある男が出征して、その雄(勇者)を失う」。定姜は言った。「出征した側が雄を失うのだから、攻め込まれた側がこれを防ぐのに有利ということです。大夫はよく考えて事を運びなさい」。衛の人々が追撃し、孫蒯(そんかい、孫文子の子)が鄭の皇耳を犬丘で捕らえた。秋七月、楚の子囊と鄭の子耳が我が魯の西の辺境を討ち、帰りに蕭を包囲した。八月丙寅の日、蕭を攻め落とした。九月、子耳は宋の北の辺境に侵攻した。孟献子は言った。「鄭には災いが起こるだろう。軍を競って動かすことがあまりにもひどい。周の王室でさえ、そのように競うことには耐えられなかった。まして鄭ならなおさらだ。災いが起こるなら、それは政を執る三人の卿の身にであろうか」。莒の人々は、諸侯が戦に追われている隙をうかがって、我が魯の東の辺境を討った。

解説

晋と楚の間を揺れる鄭は、楚に従った以上、楚の命令で宋や衛へ次々に兵を出さねばならなかった。子駟が「国病めり」と疲弊を訴えると、子展は「病むは猶ほ亡ぶるに愈らずや」と返す。二大国の両方に睨まれれば滅びる、疲れるほうがまだましだという、追い詰められた小国の算術である。一方、攻められた衛では、占いの言葉を定姜が「攻めてきた側が雄を失う」と読み解き、追撃して鄭の将皇耳を捕らえた。占いを具体的な判断に結びつける解釈の妙がある。結びで魯の孟献子は、鄭が軍を酷使していることを見て「師の競ふこと已甚し」と評し、災いは政を執る三人に降りかかるだろうと予言する。この予言は次の句で、子駟・子国・子耳が殺される内乱として現実になる。外への義務を果たすために内を消耗させ続けることの危うさが、この後の展開で浮き彫りになる。

この章句が説くこと

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