春秋左氏伝 / 成公十三年 国の大事は祀と戎
三月。公如京師。宣伯欲賜。請先使。王以行人之禮。禮焉。孟獻子從。王以為介。而重賄之。公及諸侯朝王。遂從劉康公。成肅公。會晉侯伐秦。成子受脤于社。不敬。劉子曰。吾聞之。民受天地之中以生。所謂命也。是以有動作禮義威儀之則。以定命也。能者養之以福。不能者敗以取禍。是故君子勤禮。小人盡力。勤禮莫如致敬。盡力莫如敦篤。敬在養神。篤在守業。國之大事。在祀與戎。祀有執膰。戎有受脤。神之大節也。今成子惰棄其命矣。其不反乎。
新字:三月。公如京師。宣伯欲賜。請先使。王以行人之礼。礼焉。孟献子従。王以為介。而重賄之。公及諸侯朝王。遂従劉康公。成粛公。会晉侯伐秦。成子受脤于社。不敬。劉子曰。吾聞之。民受天地之中以生。所謂命也。是以有動作礼義威儀之則。以定命也。能者養之以福。不能者敗以取禍。是故君子勤礼。小人尽力。勤礼莫如致敬。尽力莫如敦篤。敬在養神。篤在守業。国之大事。在祀与戎。祀有執膰。戎有受脤。神之大節也。今成子惰棄其命矣。其不反乎。
書き下し
劉子曰く、「吾之を聞く、民は天地の中を受けて以って生る、所謂命なり。是を以って動作禮義威儀の則有り、以って命を定むるなり。能き者は之を養ひて以って福とし、能はざる者は敗りて以って禍を取る。是の故に君子は禮を勤め、小人は力を盡くす。禮を勤むるは敬を致すに如くは莫く、力を盡くすは敦篤なるに如くは莫し。敬は神を養ふに在り、篤は業を守るに在り。國の大事は、祀と戎とに在り。祀に執膰有り、戎に受脤有り。神の大節なり。今成子惰りて其の命を棄つ。其れ反らざらんか」と。
現代語訳
劉子が言った。「私はこう聞いている。民は天地の中正の気を受けて生まれる。これを命という。だから動作・礼儀・威儀の規則があり、それによって命を定めるのである。よくできる者はこれを養って福とし、できない者は損なって禍を招く。だから君子は礼に勤め、小人は力を尽くす。礼に勤めるには敬を致すに越したことはなく、力を尽くすには篤実であるに越したことはない。敬は神を養うことにあり、篤実は業を守ることにある。国の大事は、祭祀と軍事にある。祭祀には祭肉を執る儀があり、軍事には社の肉を受ける儀がある。神事の大きな節目である。いま成子は怠ってその命を棄てた。無事に帰れまい」。
解説
この章句が説くこと
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