春秋左氏伝 / 成公十一年 會は信の始め
秋。宣伯聘于齊。以脩前好。晉郤至與周爭鄇田。王命劉康公單襄公訟諸晉。郤至曰。溫。吾故也。故不敢失。劉子單子曰。昔周克商。使諸侯撫封。蘇忿生以溫為司寇。與檀伯達封于河。蘇氏即狄。又不能於狄。而奔衛。襄王勞文公。而賜之溫。狐氏。陽氏。先處之。而後及子。若治其故。則王官之邑也。子安得之。晉侯使郤至勿敢爭。宋華元善於令尹子重。又善於欒武子。聞楚人既許晉糴茷成。而使歸復命矣。冬。華元如楚。遂如晉。合晉楚之成。秦晉為成。將會于令狐。晉侯先至焉。秦伯不肯涉河。次于王城。使史顆盟晉侯于河東。晉郤犨盟秦伯于河西。范文子曰。是盟也。何益。齊盟。所以質信也。會所信之始也。始之不從。其何質乎。秦伯歸而背晉成。
新字:秋。宣伯聘于斉。以脩前好。晋郤至与周争鄇田。王命劉康公単襄公訟諸晋。郤至曰。温。吾故也。故不敢失。劉子単子曰。昔周克商。使諸侯撫封。蘇忿生以温為司寇。与檀伯達封于河。蘇氏即狄。又不能於狄。而奔衛。襄王労文公。而賜之温。狐氏。陽氏。先処之。而後及子。若治其故。則王官之邑也。子安得之。晋侯使郤至勿敢争。宋華元善於令尹子重。又善於欒武子。聞楚人既許晋糴茷成。而使帰復命矣。冬。華元如楚。遂如晋。合晋楚之成。秦晋為成。将会于令狐。晋侯先至焉。秦伯不肯渉河。次于王城。使史顆盟晋侯于河東。晋郤犨盟秦伯于河西。范文子曰。是盟也。何益。斉盟。所以質信也。会所信之始也。始之不従。其何質乎。秦伯帰而背晋成。
書き下し
秋、宣伯齊に聘し、以て前好を脩む。晉の郤至周と鄇田を爭ふ。王劉の康公・單の襄公に命じて諸を晉に訟へしむ。郤至曰く、「溫は吾が故なり。故に敢へて失はず」と。劉子・單子曰く、「昔周商に克ち、諸侯をして封を撫せしむ。蘇忿生溫を以て司寇と為り、檀伯達と河に封ぜらる。蘇氏狄に即き、又狄に能はずして、衛に奔る。襄王文公を勞ひて、之に溫を賜ふ。狐氏・陽氏、先づ之に處りて、而る後に子に及ぶ。若し其の故を治めば、則ち王官の邑なり。子安んぞ之を得ん」と。晉侯郤至をして敢へて爭ふ勿からしむ。宋の華元令尹子重に善く、又欒武子に善し。楚人既に晉の糴茷に成を許して、歸りて命を復せしむと聞く。冬、華元楚に如き、遂に晉に如きて、晉楚の成を合はす。秦晉成を為す。將に令狐に會せんとす。晉侯先づ至る。秦伯河を涉るを肯ぜず、王城に次る。史顆をして晉侯と河東に盟はしむ。晉の郤犨秦伯と河西に盟ふ。范文子曰く、「是の盟や、何の益かあらん。齊盟は、信を質す所以なり。會は信の始めなり。始めに之れ從はずんば、其れ何をか質さん」と。秦伯歸りて晉の成に背く。
現代語訳
秋、宣伯(叔孫僑如)が斉に聘問し、以前の友好を修めた。晋の郤至が周王室と鄇の田地を争った。王(簡王)は劉康公と単襄公に命じて、晋でこの件を訴えさせた。郤至は言った。「温はもともとわが家の土地です。だから失うわけにはいきません」。劉子と単子は言った。「昔、周が商に勝ったとき、諸侯にそれぞれの封地を治めさせました。蘇忿生は温を領して司寇となり、檀伯達とともに黄河のほとりに封ぜられました。その後、蘇氏は狄に付きましたが、狄ともうまくいかずに衛に逃れました。襄王は晋の文公の功をねぎらって温を賜りました。狐氏・陽氏がまずそこを領し、その後にあなたのものとなったのです。もしもとの由来をたどるなら、温は王の官の邑です。あなたがどうしてそれを自分のものにできましょう」。晋侯(厲公)は郤至に争わないよう命じた。宋の華元は楚の令尹子重と親しく、また欒武子(欒書)とも親しかった。楚が晋の糴茷に講和を許し、帰国して復命させたと聞くと、冬、華元は楚に行き、続いて晋に行って、晋と楚の講和を取りまとめた。秦と晋が講和し、令狐で会合することになった。晋侯が先に到着したが、秦伯(桓公)は黄河を渡ろうとせず、王城に留まった。秦伯は史顆を遣わして河の東で晋侯と盟を結ばせ、晋は郤犨を遣わして河の西で秦伯と盟を結ばせた。范文子は言った。「この盟に何の益があろう。斎戒して盟うのは、信を確かなものにするためである。会合は信の始まりである。その始まりから従わないのに、何を確かにできよう」。秦伯は帰国すると晋との講和に背いた。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・問學・第一に信を體するを要す我は我を信じ得過ぐるも、人は未だ必ずしも我を信じ得過ぎず。故に君子は嫌を避く。若し正大光明の心を以てすること青天白日の如く、又た至誠惻怛の意を以てすること火の熱く水の寒きが如くんば、何の嫌か避く可けん。故に君子の學問は第一に信を體するを要す。只だ信じ了はらば、天下に些子の事無し。
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