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呻吟語 / 内篇・問學・第一に信を體するを要す

我信得過我,人未必信得過我,故君子避嫌。若以正大光明之心如青天白日,又以至誠惻怛之意如火熱水寒,何嫌之可避。故君子學問第一要體信,只信了,天下無些子事。

新字:我信得過我,人未必信得過我,故君子避嫌。若以正大光明之心如青天白日,又以至誠惻怛之意如火熱水寒,何嫌之可避。故君子学問第一要体信,只信了,天下無些子事。

書き下し

我は我を信じ得過ぐるも、人は未だ必ずしも我を信じ得過ぎず。故に君子は嫌を避く。若し正大光明の心を以てすること青天白日の如く、又た至誠惻怛の意を以てすること火の熱く水の寒きが如くんば、何の嫌か避く可けん。故に君子の學問は第一に信を體するを要す。只だ信じ了はらば、天下に些子の事無し。

現代語訳

自分は自分を信じきれても、人は必ずしも自分を信じきれません。だから君子は疑いを避けます。しかし堂々と明るい心が青空の太陽のようであり、この上ない誠と痛みを思う心が火の熱さ水の冷たさのように確かであれば、避けるべき疑いがどこにあるでしょうか。だから君子の学問は、第一に信を身に体することです。ただ信じられてしまえば、天下に何ほどの事もありません。

解説

疑いを避けるという処世術を認めたうえで、その上の段を示します。信が身についていれば、そもそも避ける疑いが生じない。しかも信の確かさが、火の熱さや水の冷たさという自然の感覚にたとえられます。疑いようのなさがそこまで来ていれば、と。学問の第一を知識ではなく信に置いた一段になっています。学問の第一を、知識ではなく信に置いた一段です。

この章句が説くこと

疑い学問第一

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