十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上
此佛有ルコトヲ信スレハ。的ヲ見テ矢ヲ發ツ如ク。孜孜トシテ善ヲ作シテ止ヌ。元來平等法性ノ中ニ。此佛ヲ信スレハ。此心卽佛心ト云ヘシ。此場處省發モ入ラヌ。悟モイラヌ。教相判釋モイラヌ。文章利口モイラヌコトシヤ。此佛トナルヘキ道ヲ法ト名ル。其道ヲ行フ人ヲ菩薩ト名ツク。此道ヲ守護スル者ヲ諸天神祇ト名クルコトシヤ。此神祇有ルコトヲ信スレハ。タトヒ小根劣機ノ者モ。人シラヌ心ノ內ニモ。惡事ハ思ハレヌ。マシテ惡事ハナサレヌ。人ト云モノハ習ハセニ由ル。善ヲ習ヘハ善ニウツル。此習カ性トナリ。此善カ我心身トナル。天神ニ事テ天神ノ德ヲ我身ニ全クスル。地水火風ノ四大神ヲ祭テ四大ノ德ヲ全クスル。此德ヲ全クスル時節カ聖賢ノ地位ニ入ルヘキ時節ソ。支那國ノ古書ニ。歷代王者ノ五行ノ德ヲ述ル。是モナキコトニ非ス。天下ヲ掌握ノ中ニ全クスル人ハ。自ラ四大五行ノ德アルヘシ。萬般唯信アル者ト共ニ言フヘキコトシヤ。
新字:此仏有ルコトヲ信スレハ。的ヲ見テ矢ヲ発ツ如ク。孜孜トシテ善ヲ作シテ止ヌ。元来平等法性ノ中ニ。此仏ヲ信スレハ。此心即仏心ト云ヘシ。此場処省発モ入ラヌ。悟モイラヌ。教相判釈モイラヌ。文章利口モイラヌコトシヤ。此仏トナルヘキ道ヲ法ト名ル。其道ヲ行フ人ヲ菩薩ト名ツク。此道ヲ守護スル者ヲ諸天神祇ト名クルコトシヤ。此神祇有ルコトヲ信スレハ。タトヒ小根劣機ノ者モ。人シラヌ心ノ内ニモ。悪事ハ思ハレヌ。マシテ悪事ハナサレヌ。人ト云モノハ習ハセニ由ル。善ヲ習ヘハ善ニウツル。此習カ性トナリ。此善カ我心身トナル。天神ニ事テ天神ノ徳ヲ我身ニ全クスル。地水火風ノ四大神ヲ祭テ四大ノ徳ヲ全クスル。此徳ヲ全クスル時節カ聖賢ノ地位ニ入ルヘキ時節ソ。支那国ノ古書ニ。歴代王者ノ五行ノ徳ヲ述ル。是モナキコトニ非ス。天下ヲ掌握ノ中ニ全クスル人ハ。自ラ四大五行ノ徳アルヘシ。万般唯信アル者ト共ニ言フヘキコトシヤ。
書き下し
此仏有ルコトヲ信スレハ。的ヲ見テ矢ヲ発ツ如ク。孜孜トシテ善ヲ作シテ止ヌ。元来平等法性ノ中ニ。此仏ヲ信スレハ。此心即仏心ト云ヘシ。此場処省発モ入ラヌ。悟モイラヌ。教相判釈モイラヌ。文章利口モイラヌコトシヤ。此仏トナルヘキ道ヲ法ト名ル。其道ヲ行フ人ヲ菩薩ト名ツク。此道ヲ守護スル者ヲ諸天神祇ト名クルコトシヤ。此神祇有ルコトヲ信スレハ。タトヒ小根劣機ノ者モ。人シラヌ心ノ内ニモ。悪事ハ思ハレヌ。マシテ悪事ハナサレヌ。人ト云モノハ習ハセニ由ル。善ヲ習ヘハ善ニウツル。此習カ性トナリ。此善カ我心身トナル。天神ニ事テ天神ノ徳ヲ我身ニ全クスル。地水火風ノ四大神ヲ祭テ四大ノ徳ヲ全クスル。此徳ヲ全クスル時節カ聖賢ノ地位ニ入ルヘキ時節ソ。支那国ノ古書ニ。歴代王者ノ五行ノ徳ヲ述ル。是モナキコトニ非ス。天下ヲ掌握ノ中ニ全クスル人ハ。自ラ四大五行ノ徳アルヘシ。万般唯信アル者ト共ニ言フヘキコトシヤ。
現代語訳
この仏がおられることを信じれば、的を見て矢を放つように、たゆまず善を行ってやまない。もともと平等な法性の中で、この仏を信じるならば、この心がそのまま仏の心だと言うべきである。この場においては、はっと目覚めることも要らない。悟りも要らない。教相判釈も要らない。文章も弁舌も要らないことである。この仏となるべき道を法と名づける。その道を行う人を菩薩と名づける。この道を守護する者を諸天や神々と名づけるのである。この神々がおられることを信じれば、たとえ能力の小さく劣った者でも、人の知らない心の内でさえ悪事は思えない。まして悪事はできない。人というものは習わしによる。善を習えば善に移る。この習いが性となり、この善が自分の心身となる。天神に仕えて天神の徳を自分の身に全うする。地水火風の四大の神を祭って四大の徳を全うする。この徳を全うする時が、聖賢の地位に入るべき時である。中国の古書に歴代の王者の五行の徳を述べている。これも無いことではない。天下を掌の中に全うする人には、おのずから四大五行の徳があるはずである。すべてはただ信のある者とともに言うべきことである。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』十五編・事物を疑いて取捨を断ずること・信の世界に偽詐多く疑いの世界に真理多し信の世界に偽詐多く、疑いの世界に真理多し。試みに見よ、世間の愚民、人の言を信じ、人の書を信じ、小説を信じ、風聞を信じ、神仏を信じ、卜筮を信じ、父母の大病に按摩の説を信じて草根木皮を用い、娘の縁談に家相見の指図を信じて良夫を失い、熱病に医師を招かずして念仏を申すは阿弥陀如来を信ずるがためなり。三七日の断食に落命するは不動明王を信ずるがゆえなり。この人民の仲間に行なわるる真理の多寡を問わば、これに答えて多しと言うべからず。真理少なければ偽詐多からざるを得ず。けだしこの人民は事物を信ずといえども、その信は偽を信ずる者なり。ゆえにいわく、「信の世界に偽詐多し」と。
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論語・学而篇有子曰く、「信義に近ければ、言復む可きなり。恭礼に近ければ、恥辱に遠ざかるなり。因りて其の親を失わざれば、亦宗とす可きなり。」
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『十善法語』巻第四・不妄語戒又春秋ノ時。晋ノ荀吳鼓ヲ囲ム。鼓城ノ一人城ヲヒキヰ降ント請フ。穆子コレヲ許サス。左右ノ者ミナ云。兵ヲ労セズシテ城ヲ獲ル。何故許ササル。穆子曰。若是ヲ受テ賞ヲ行ハハ不忠不義ヲ賞スルニナラン。若コレヲ受テ賞セネハ信ヲ失フ。二途倶ニ道ニソムクト。使ヲツカハシテ叛人ノ名ヲ鼓城ニ告テ刑セシム。後三月鼓人降ント請。穆子曰。姑ク汝カ城ヲ守レ。猶食色有ト。軍吏曰。今日不義ナラス。民ヲ労セスシテ城ヲ獲ルニ。何故許ササルト穆子曰。彼未タ力尽ズシテ降ルハ怠ナリ。怠ヲ買ハ道全カラスト其後鼓人力竭食尽ルト告ク。鼓ニ克チ軍ヲ全シテ。一人ヲモ戮セスト。此等モ面白キ事実シヤ。
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呂氏春秋・貴信②天行信ならざれば、歲を成すこと能わず。地行信ならざれば、草木大ならず。春の德は風、風、信ならざれば、其の華盛ならず。華盛ならざれば、則ち果實生ぜず。夏の德は暑なり。暑、信ならざれば、其の土肥えず。土肥えざれば、則ち長遂精ならず。秋の德は雨なり。雨、信ならざれば、其の穀堅からず。穀堅かざれば、則ち五種成らず。冬の德は寒なり。寒、信ならざれば、其の地剛ならず。地剛ならざれば、則ち凍閉開かず。天地の大、四時の化すら、猶ほ信ならざるを以て物を成すこと能わず。又況んや人事をや。君臣、信ならずんば、則ち百姓誹謗し、社稷寧かならず。官を處くこと信ならずんば、則ち少、長を畏れず、貴賤相輕んず。賞罰信ならずんば、則ち民易しく法を犯して、使令す可からず。交友、信ならずんば、則ち離散鬱怨して、相親しむこと能わず。百工、信ならずんば、則ち器械苦偽して、丹漆染色貞ならず。夫れ與に始めを為す可く、與に終りを為す可く、與に尊通なる可く、與に卑窮なる可き者は、其れ唯だ信か。信にして又信、身に重襲すれば、乃ち轉に通ず。此を以て人を治むれば、則ち膏雨甘露降り、寒暑四時當たらん。