春秋左氏伝 / 成公二年 籍する勿かれ
勸有功也。兄弟甥舅。侵敗王略。王命伐之。告事而已。不獻其功。所以敬親暱。禁淫慝也。今叔父克遂有功于齊。而不使命卿鎮撫王室。所使來撫余一人。而鞏伯實來。未有職司於王室。又奸先王之禮。余雖欲於鞏伯。其敢廢舊典以忝叔父。夫齊。甥舅之國也。而大師之後也。寧不亦淫從其欲。以怒叔父。抑豈不可諫誨。士莊伯不能對。王使委於三吏。禮之如侯伯克敵。使大夫告慶之禮。降於卿禮一等。王以鞏伯宴。而私賄之。使相告之曰。非禮也。勿籍。
新字:勧有功也。兄弟甥舅。侵敗王略。王命伐之。告事而已。不献其功。所以敬親暱。禁淫慝也。今叔父克遂有功于斉。而不使命卿鎮撫王室。所使来撫余一人。而鞏伯実来。未有職司於王室。又奸先王之礼。余雖欲於鞏伯。其敢廃旧典以忝叔父。夫斉。甥舅之国也。而大師之後也。寧不亦淫従其欲。以怒叔父。抑豈不可諫誨。士荘伯不能対。王使委於三吏。礼之如侯伯克敵。使大夫告慶之礼。降於卿礼一等。王以鞏伯宴。而私賄之。使相告之曰。非礼也。勿籍。
書き下し
功有るを勸むる所以なり。兄弟甥舅、王略を侵敗すれば、王命じて之を伐たしめ、事を告ぐるのみにして、其の功を獻ぜず。親暱を敬し、淫慝を禁ずる所以なり。今叔父克く遂げて齊に功有り。而るに命卿をして王室を鎮撫せしめず。來りて余一人を撫せしむる所は、鞏伯實に來る。未だ王室に職司有らず。又先王の禮を奸(をか)す。余鞏伯に欲すと雖も、其れ敢へて舊典を廢して以て叔父を忝(はづかし)めんや。夫れ齊は、甥舅の國なり、而して大師の後なり。寧ろ亦た淫して其の欲を從(ほしいまま)にして、以て叔父を怒らしめざらんや。抑も豈に諫誨すべからざらんや」と。士莊伯對ふる能はず。王三吏に委ね、之を禮すること侯伯の敵に克ちて、大夫をして慶を告げしむるの禮の如くし、卿の禮より降すこと一等なり。王鞏伯と宴し、而して私かに之に賄ふ。相をして之に告げしめて曰く、「禮に非ざるなり。籍する勿かれ」と。
現代語訳
功ある者を励ますためである。兄弟や甥舅(婚姻関係)にあたる国が王の領分を侵し乱したときは、王が命じてこれを伐たせても、事の次第を報告させるだけで、戦利品を献上させない。それは親しい間柄を重んじ、邪悪な行いを禁じるためである。いま叔父(晋侯)は斉に対して見事に功を立てたが、王命を受けた卿を遣わして王室を安んじさせることをせず、私一人を慰めに来させたのは鞏伯(鞏朔)である。鞏伯はまだ王室で職務を持ったことがなく、しかも先王の礼を犯している。私は鞏伯に好意を示したいと思っても、どうして古いしきたりを捨てて叔父の名を汚すことができようか。そもそも斉は周王家と甥舅の関係にある国であり、太師(太公望)の子孫の国である。斉がほしいままに欲に従って叔父を怒らせたということもあったのであろう。しかし、諫め教えることはできなかったのか」。士荘伯(鞏朔)は答えることができなかった。王は鞏朔の応接を三公の官に委ね、侯伯が敵に勝って大夫に戦勝を報告させるときの礼でもてなした。それは卿を迎える礼より一段低いものであった。王は鞏伯と宴を開き、ひそかに贈り物をした。そして介添え役を通じて鞏伯に告げさせた。「これは礼にかなうことではない。記録に残さないように」。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』昭公三十年 大に事え小を字しむ三十年春、王の正月、公乾侯に在り。先に鄆と乾侯とを書かざるは、公を非とし、且つ過ちを徵(あきら)かにするなり。夏、六月、晉の頃公卒す。秋、八月、晉の頃公を葬る。鄭の游吉弔し、且つ葬を送る。魏獻子、士景伯をして之を詰らしめて曰く、「悼公の喪には、子西弔し、子蟜葬を送る。今吾子貳無し、何の故ぞ」と。對へて曰く、「諸侯の晉君に歸する所以は、禮なり。禮なる者は、小大に事へ、大小を字(いつく)しむの謂なり。大に事ふるは其の時命を共するに在り、小を字しむは其の無き所を恤むに在り。敝邑の大國の間に居るを以って、其の職貢と、其の不虞の患ひに備御するとを共す。豈に命を共することを忘れんや。先王の制に、諸侯の喪には、士弔し、大夫葬を送る。唯だ嘉好・聘享・三軍の事にのみ、是に於いてか卿を使はす。晉の喪事に、敝邑の間あるときは、
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