十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
又論語ニ麻冕ハ禮ナリ。今絲ハ儉ナリトアル。此類ニテ。時ニ隨テ進退用捨スヘシ。古ト今ト進退用捨スヘシ。殷ハ夏ノ禮ヲ襲フテ損益スル。周ハ殷ノ禮ニ仍テ損益スル。又樂記ニ。五帝殊時不相沿樂。三王異世不相襲禮トアル。此進退損益ミナ禮ニ妨ナキシヤ。不邪婬戒ハ。昔モ持ヌ者ハ國ヲ亡シ家ヲ亡ス。少モ進退損益ハナラヌ。時異ニ代變レトモ少モ進退損益ハナラヌ。誠古今ニ推通シテ道トスヘキ道ハ。此ニ在テ彼ニハ無シヤ。又古書ニ。禮ハ豐儉ニ隨トアル。豐饒ナル時ト。困窮ナル時ト。禮ノ用ヒ樣違フコトシヤ。不邪婬戒ハ。豐饒ナル時モ用ヒ樣ノ違ナク。寸毫ノ用捨ハナラヌ。困窮ナル時モ用ヒ樣ノ違ナク。寸毫ノ用捨ハナラヌ。一切時推通スルノ道ハ。此ニ在テ彼ニハ無シヤ。
新字:又論語ニ麻冕ハ礼ナリ。今糸ハ倹ナリトアル。此類ニテ。時ニ随テ進退用捨スヘシ。古ト今ト進退用捨スヘシ。殷ハ夏ノ礼ヲ襲フテ損益スル。周ハ殷ノ礼ニ仍テ損益スル。又楽記ニ。五帝殊時不相沿楽。三王異世不相襲礼トアル。此進退損益ミナ礼ニ妨ナキシヤ。不邪婬戒ハ。昔モ持ヌ者ハ国ヲ亡シ家ヲ亡ス。少モ進退損益ハナラヌ。時異ニ代変レトモ少モ進退損益ハナラヌ。誠古今ニ推通シテ道トスヘキ道ハ。此ニ在テ彼ニハ無シヤ。又古書ニ。礼ハ豊倹ニ随トアル。豊饒ナル時ト。困窮ナル時ト。礼ノ用ヒ様違フコトシヤ。不邪婬戒ハ。豊饒ナル時モ用ヒ様ノ違ナク。寸毫ノ用捨ハナラヌ。困窮ナル時モ用ヒ様ノ違ナク。寸毫ノ用捨ハナラヌ。一切時推通スルノ道ハ。此ニ在テ彼ニハ無シヤ。
書き下し
又論語ニ麻冕ハ礼ナリ。今糸ハ倹ナリトアル。此類ニテ。時ニ随テ進退用捨スヘシ。古ト今ト進退用捨スヘシ。殷ハ夏ノ礼ヲ襲フテ損益スル。周ハ殷ノ礼ニ仍テ損益スル。又楽記ニ。五帝殊時不相沿楽。三王異世不相襲礼トアル。此進退損益ミナ礼ニ妨ナキシヤ。不邪婬戒ハ。昔モ持ヌ者ハ国ヲ亡シ家ヲ亡ス。少モ進退損益ハナラヌ。時異ニ代変レトモ少モ進退損益ハナラヌ。誠古今ニ推通シテ道トスヘキ道ハ。此ニ在テ彼ニハ無シヤ。又古書ニ。礼ハ豊倹ニ随トアル。豊饒ナル時ト。困窮ナル時ト。礼ノ用ヒ様違フコトシヤ。不邪婬戒ハ。豊饒ナル時モ用ヒ様ノ違ナク。寸毫ノ用捨ハナラヌ。困窮ナル時モ用ヒ様ノ違ナク。寸毫ノ用捨ハナラヌ。一切時推通スルノ道ハ。此ニ在テ彼ニハ無シヤ。
現代語訳
また論語に、「麻の冠が礼である。今は絹糸で作るが、倹約である」とある。この類で、時に従って進退し取捨すべきである。古と今とで進退し取捨すべきである。殷は夏の礼を受け継いで増減した。周は殷の礼によって増減した。また楽記に、「五帝は時を異にして互いに楽を受け継がず、三王は世を異にして互いに礼を受け継がない」とある。この進退増減は、みな礼に差し支えがないのである。不邪婬戒は、昔も持たない者は国を亡ぼし家を亡ぼす。少しも進退増減はできない。時が異なり代が変わっても、少しも進退増減はできない。まことに古今に通じて道とすべき道は、ここにあってあちらにはないのである。また古書に、「礼は豊かさ乏しさに従う」とある。豊かな時と困窮した時とでは、礼の用い方が違うことである。不邪婬戒は、豊かな時も用い方の違いはなく、わずかな取捨もできない。困窮した時も用い方の違いはなく、わずかな取捨もできない。一切の時に通じる道は、ここにあってあちらにはないのである。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』尚賢中則ち此れ三聖人なる者、其の言を謹み、其の行を慎み、其の思慮を精しくし、天下の隠事遺利を索めて、以て上は天に事えしを言う。則ち天、其の徳を鄉く。下は之を萬民に施し、萬民、其の利を被り、身を終うるまで已むこと無し。故に先王の言に曰く、「此の道や、大いに之を天下に用うれば則ち窕からず、小さく之を用うれば則ち困しまず、脩めて之を用うれば則ち萬民、其の利を被り、身を終うるまで已むこと無し」と。周頌、之を道いて曰く、「聖人の徳は、天の髙きが若く、地の普きが若く、其の天下に昭かなること有り。地の固きが若く、山の承くるが若く、坼けず崩れず。日の光の若く、月の明の若く、天地と常を同じくす」と。則ち此れ聖人の徳の章明博大、埴固にして以て脩久なるを言うなり。故に聖人の徳は、盖し天地を總ぶる者なり。
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