春秋左氏伝 / 成公二年 桑中の喜び
襄老死於邲。不獲其尸。其子黑要烝焉。巫臣使道焉。曰。歸。吾聘女。又使自鄭召之。曰。尸可得也。必來逆之。姬以告王。王問諸屈巫。對曰。其信。知罃之父。成公之嬖也。而中行伯之季弟也。新佐中軍。而善鄭皇戌。甚愛此子。其必因鄭而歸王子。與襄老之尸。以求之。鄭人懼於邲之役。而欲求媚於晉。其必許之。王遣夏姬歸。將行。謂送者曰。不得尸。吾不反矣。巫臣聘諸鄭。鄭伯許之。及共王即位。將為陽橋之役。使屈巫聘於齊。且告師期。巫臣盡室以行。申叔跪從其父將適郢。遇之。曰。異哉。夫子有三軍之懼。而又有桑中之喜。宜將竊妻以逃者也。
新字:襄老死於邲。不獲其尸。其子黒要烝焉。巫臣使道焉。曰。帰。吾聘女。又使自鄭召之。曰。尸可得也。必来逆之。姫以告王。王問諸屈巫。対曰。其信。知罃之父。成公之嬖也。而中行伯之季弟也。新佐中軍。而善鄭皇戌。甚愛此子。其必因鄭而帰王子。与襄老之尸。以求之。鄭人懼於邲之役。而欲求媚於晋。其必許之。王遣夏姫帰。将行。謂送者曰。不得尸。吾不反矣。巫臣聘諸鄭。鄭伯許之。及共王即位。将為陽橋之役。使屈巫聘於斉。且告師期。巫臣尽室以行。申叔跪従其父将適郢。遇之。曰。異哉。夫子有三軍之懼。而又有桑中之喜。宜将窃妻以逃者也。
書き下し
襄老邲に死す。其の尸を獲ず。其の子黑要焉に烝す。巫臣焉に道はしめて曰く、「歸れ。吾女を聘せん」と。又鄭より之を召さしめて曰く、「尸得べきなり。必ず來りて之を逆へ」と。姬以て王に告ぐ。王諸を屈巫に問ふ。對へて曰く、「其れ信なり。知罃の父は、成公の嬖なり、而して中行伯の季弟なり。新たに中軍に佐たり、而して鄭の皇戌に善し。甚だ此の子を愛す。其れ必ず鄭に因りて王子と襄老の尸とを歸して、以て之を求めん。鄭人邲の役に懼れて、媚を晉に求めんと欲す。其れ必ず之を許さん」と。王夏姬を遣りて歸らしむ。將に行かんとして、送る者に謂ひて曰く、「尸を得ずんば、吾反らじ」と。巫臣諸を鄭に聘す。鄭伯之を許す。共王の即位するに及び、將に陽橋の役を為さんとす。屈巫をして齊に聘し、且つ師期を告げしむ。巫臣室を盡くして以て行く。申叔跪其の父に從ひて將に郢に適かんとし、之に遇ふ。曰く、「異なるかな。夫子三軍の懼れ有りて、又桑中の喜び有り。宜しく將に妻を竊みて以て逃れんとする者なるべし」と。
現代語訳
襄老は邲の戦い(宣公十二年)で戦死し、その遺体は取り戻せなかった。その子の黒要が夏姫と通じた。巫臣は人を遣って夏姫に言い含めさせた。「(実家の鄭へ)帰りなさい。私があなたを妻に迎えよう」。さらに鄭から夏姫を呼び寄せさせて、こう言わせた。「襄老の遺体は取り戻せる。必ず迎えに来るように」。夏姫はこれを王(荘王)に告げた。王が屈巫(巫臣)に尋ねると、巫臣は答えた。「それは本当でしょう。(楚で捕虜になっている)知罃(ちおう)の父の荀首は、晋の成公に寵愛された者で、中行伯(荀林父)の末弟です。新たに中軍の佐となり、鄭の皇戌と親しく、しかもこの子をたいへん愛しています。きっと鄭を仲立ちにして、(晋が捕らえている)王子穀臣と襄老の遺体を返して、知罃を取り戻そうとするでしょう。鄭の人々は邲の戦いのことで晋の報復を恐れ、晋に取り入ろうとしています。きっとこの話を承知するでしょう」。王は夏姫を鄭に帰らせた。出発にあたって夏姫は見送りの者に言った。「遺体を得られなければ、私は戻りません」。巫臣は鄭に申し入れて夏姫を妻に求め、鄭伯はこれを許した。共王が即位すると、楚は陽橋の役を起こすことになり、屈巫を斉に使いさせて、あわせて出兵の時期を告げさせた。巫臣は家財と家族をすべて携えて出発した。申叔跪(しんしゅくき)が父の申叔時に従って郢に向かう途中、巫臣に出会って言った。「妙なことだ。あの方は三軍を率いる者の緊張した面持ちであるのに、そのうえ桑中の(男女が逢い引きする)喜びの色がある。きっと人の妻を盗んで逃げようとしているのだろう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』成公十六年 巣車に登る楚子巢車に登りて以って晉の軍を望む。子重大宰伯州犁をして王の後に侍せしむ。王曰く、「騁せて左右するは、何ぞや」と。曰く、「軍吏を召すなり」と。「皆中軍に聚まれり」と。曰く、「合謀するなり」と。「幕を張れり」と。曰く、「虔みて先君に卜するなり」と。「幕を徹せり」と。曰く、「將に命を發せんとするなり」と。「甚だ囂しく、且つ塵上れり」と。曰く、「將に井を塞ぎ灶を夷らげて行を為さんとするなり」と。「皆乘れり。左右兵を執りて下れり」と。曰く、「誓を聽くなり」と。「戰はんか」と。曰く、「未だ知る可からざるなり」と。「乘りて左右皆下れり」と。曰く、「戰禱するなり」と。伯州犁公卒を以って王に告ぐ。苗賁皇晉侯の側に在り、亦た王卒を以って告ぐ。皆曰く、「國士在り、且つ厚し。當る可からざるなり」と。苗賁皇晉侯に言ひて曰く、「楚の良は、其の中軍の王族に在るのみ。請ふ良を分ちて以って其の左右を擊ち、而して三軍王卒に萃まらば、必ず大いに之を敗らん」と。公之を筮す。史曰く、「吉なり。其の卦は復に遇ふ。曰く、『南國蹙まり、其の元を射る。王厥の目に中る』と。國蹙まり王傷つく、敗れずして何をか待たん」と。公之に從ふ。
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孫子・行軍篇衆樹の動く者は来たるなり。衆草の障多き者は疑わしむるなり。鳥の起つ者は伏なり。獣の駭く者は覆なり。塵の高くして鋭き者は車の来たるなり。卑くして広き者は徒の来たるなり。散じて条達する者は樵采なり。少なくして往来する者は営軍なり。
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孫子・用間篇相守ること数年、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛しみて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。人の将に非ざるなり、主の佐に非ざるなり、勝の主に非ざるなり。
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
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孫子・用間篇先知は、鬼神に取るべからず、事に象るべからず、度に験すべからず、必ず人に取り、敵の情を知る者なり。
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『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
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