孫子 / 九地篇
能愚士卒之耳目,使之無知;易其事,革其謀,使人無識;易其居,迂其途,使人不得慮。
書き下し
能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
現代語訳
兵士の耳目をふさいで、作戦を知らせない。任務を変え、計画を改めて、誰にも実態を悟らせない。駐屯地を変え、道を回り道にして、誰にも意図を推し量らせない。
解説
情報を意図的に遮断するという、現代の感覚では受け入れにくい記述である。ただし目的は明確で、敵に漏れないようにするためだ。全員が全体を知っていれば、一人が捕らえられただけで作戦は漏れる。安全保障の要請として書かれている。とはいえ、そのまま組織運営に持ち込めば信頼を壊す。ここから引き出せる実務的な論点は、情報を誰にどこまで渡すかという設計だろう。全員に全部を知らせるのが常に正しいわけではない。人事の検討、買収の交渉、撤退の判断。早く広く共有すれば、決まる前に噂が動き出し、当事者が傷つく。逆に、隠すことが常態化すれば組織は不信で満ちる。孫子が示すのは片側の極である。もう一方の極と突き合わせて、自分の設計を決める材料として読むのがよい。
この章句が説くこと
情報情報戦遮断欺瞞統制機密
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『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。
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