大和俗訓 / 巻之五・言語
一あやしき事を耳に聞くとも、目に見ざる事の、たしかならざるをば、口にいふべからず。必虛說多し。人のみだりにかたりつたふる神變奇怪なることを、我も亦語れば、世に傳はりて、人をまよはす事多し。おろかなる人は、聞く事にまよひて、いつはりを信じやすし。すべてあやしき事は、語るべからず。たしかに見たる事にも、心目の病によりて、あやしき事見ゆ。又あやしと見ゆる事も、ゆゑありてあやしからざる事おほし。
新字:一あやしき事を耳に聞くとも、目に見ざる事の、たしかならざるをば、口にいふべからず。必虚説多し。人のみだりにかたりつたふる神変奇怪なることを、我も亦語れば、世に伝はりて、人をまよはす事多し。おろかなる人は、聞く事にまよひて、いつはりを信じやすし。すべてあやしき事は、語るべからず。たしかに見たる事にも、心目の病によりて、あやしき事見ゆ。又あやしと見ゆる事も、ゆゑありてあやしからざる事おほし。
書き下し
一あやしき事を耳に聞くとも、目に見ざる事の、たしかならざるをば、口にいふべからず。必虚説多し。人のみだりにかたりつたふる神変奇怪なることを、我も亦語れば、世に伝はりて、人をまよはす事多し。おろかなる人は、聞く事にまよひて、いつはりを信じやすし。すべてあやしき事は、語るべからず。たしかに見たる事にも、心目の病によりて、あやしき事見ゆ。又あやしと見ゆる事も、ゆゑありてあやしからざる事おほし。
現代語訳
あやしいことを耳に聞いても、目で見ていないことで確かでないものは、口に言ってはいけません。必ず作り話が多いのです。人がみだりに語り伝える神秘や奇怪なことを、自分もまた語れば、世に伝わって人を迷わすことが多い。愚かな人は、聞くことに迷って、偽りを信じやすい。すべてあやしいことは語ってはいけません。確かに見たことでも、心や目の病によって、あやしいものが見えることがあります。またあやしいと見えることも、わけがあってあやしくないことが多いのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』成公十六年 巣車に登る楚子巢車に登りて以って晉の軍を望む。子重大宰伯州犁をして王の後に侍せしむ。王曰く、「騁せて左右するは、何ぞや」と。曰く、「軍吏を召すなり」と。「皆中軍に聚まれり」と。曰く、「合謀するなり」と。「幕を張れり」と。曰く、「虔みて先君に卜するなり」と。「幕を徹せり」と。曰く、「將に命を發せんとするなり」と。「甚だ囂しく、且つ塵上れり」と。曰く、「將に井を塞ぎ灶を夷らげて行を為さんとするなり」と。「皆乘れり。左右兵を執りて下れり」と。曰く、「誓を聽くなり」と。「戰はんか」と。曰く、「未だ知る可からざるなり」と。「乘りて左右皆下れり」と。曰く、「戰禱するなり」と。伯州犁公卒を以って王に告ぐ。苗賁皇晉侯の側に在り、亦た王卒を以って告ぐ。皆曰く、「國士在り、且つ厚し。當る可からざるなり」と。苗賁皇晉侯に言ひて曰く、「楚の良は、其の中軍の王族に在るのみ。請ふ良を分ちて以って其の左右を擊ち、而して三軍王卒に萃まらば、必ず大いに之を敗らん」と。公之を筮す。史曰く、「吉なり。其の卦は復に遇ふ。曰く、『南國蹙まり、其の元を射る。王厥の目に中る』と。國蹙まり王傷つく、敗れずして何をか待たん」と。公之に從ふ。
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『春秋左氏伝』成公二年 桑中の喜び襄老邲に死す。其の尸を獲ず。其の子黑要焉に烝す。巫臣焉に道はしめて曰く、「歸れ。吾女を聘せん」と。又鄭より之を召さしめて曰く、「尸得べきなり。必ず來りて之を逆へ」と。姬以て王に告ぐ。王諸を屈巫に問ふ。對へて曰く、「其れ信なり。知罃の父は、成公の嬖なり、而して中行伯の季弟なり。新たに中軍に佐たり、而して鄭の皇戌に善し。甚だ此の子を愛す。其れ必ず鄭に因りて王子と襄老の尸とを歸して、以て之を求めん。鄭人邲の役に懼れて、媚を晉に求めんと欲す。其れ必ず之を許さん」と。王夏姬を遣りて歸らしむ。將に行かんとして、送る者に謂ひて曰く、「尸を得ずんば、吾反らじ」と。巫臣諸を鄭に聘す。鄭伯之を許す。共王の即位するに及び、將に陽橋の役を為さんとす。屈巫をして齊に聘し、且つ師期を告げしむ。巫臣室を盡くして以て行く。申叔跪其の父に從ひて將に郢に適かんとし、之に遇ふ。曰く、「異なるかな。夫子三軍の懼れ有りて、又桑中の喜び有り。宜しく將に妻を竊みて以て逃れんとする者なるべし」と。
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孫子・行軍篇衆樹の動く者は来たるなり。衆草の障多き者は疑わしむるなり。鳥の起つ者は伏なり。獣の駭く者は覆なり。塵の高くして鋭き者は車の来たるなり。卑くして広き者は徒の来たるなり。散じて条達する者は樵采なり。少なくして往来する者は営軍なり。
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史記 孟子荀卿列伝淳于髡(こん)は斉人なり。博聞彊記にして、学ぶに主とする所無し。その諫説は、晏嬰の人と為りを慕ふなり、然れども意を承け色を観るを務めと為す。客に髡を梁の恵王に見えしむる有り。恵王左右を屏け、独り坐して再びこれに見ゆるも、終に言無きなり。恵王これを怪しみ、以て客を譲めて曰く、「子の淳于先生を称するや、管・晏も及ばずと。寡人に見ゆるに及びて、寡人未だ得る有らず。豈に寡人は為に言ふに足らざるか。何の故ぞや」と。客以て髡に謂ふ。髡曰く、「固よりなり。吾前に王に見えしとき、王の志は駆逐に在り。後にまた王に見えしとき、王の志は音声に在り。吾是を以て黙然たり」と。客具に以て王に報ず、王大いに駭きて、曰く、「嗟乎、淳于先生は誠に聖人なり。前に淳于先生の来たるや、人に善馬を献ずる者有り、寡人未だ視るに及ばずして、会々先生至る。後に先生の来たるや、人に謳ふ者を献ずる有り、未だ試みるに及ばずして、また会々先生来たる。寡人人を屏くと雖も、然れども私心は彼に在り、
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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