春秋左氏伝 / 成公十六年 巣車に登る
楚子登巢車以望晉軍。子重使大宰伯州犁侍于王後。王曰。騁而左右。何也。曰。召軍吏也。皆聚於中軍矣。曰。合謀也。張幕矣。曰。虔卜於先君也。徹幕矣。曰。將發命也。甚囂且塵上矣。曰。將塞井夷灶而為行也。皆乘矣。左右執兵而下矣。曰。聽誓也。戰乎。曰。未可知也。乘而左右皆下矣。曰。戰禱也。伯州犁以公卒告王。苗賁皇在晉侯之側。亦以王卒告。皆曰。國士在。且厚。不可當也。苗賁皇言於晉侯曰。楚之良。在其中軍王族而已。請分良以擊其左右。而三軍萃於王卒。必大敗之。公筮之。史曰。吉。其卦遇復。曰。南國蹙。射其元。王中厥目。國蹙王傷。不敗何待。公從之。
新字:楚子登巣車以望晋軍。子重使大宰伯州犁侍于王後。王曰。騁而左右。何也。曰。召軍吏也。皆聚於中軍矣。曰。合謀也。張幕矣。曰。虔卜於先君也。徹幕矣。曰。将発命也。甚囂且塵上矣。曰。将塞井夷灶而為行也。皆乗矣。左右執兵而下矣。曰。聴誓也。戦乎。曰。未可知也。乗而左右皆下矣。曰。戦祷也。伯州犁以公卒告王。苗賁皇在晋侯之側。亦以王卒告。皆曰。国士在。且厚。不可当也。苗賁皇言於晋侯曰。楚之良。在其中軍王族而已。請分良以撃其左右。而三軍萃於王卒。必大敗之。公筮之。史曰。吉。其卦遇復。曰。南国蹙。射其元。王中厥目。国蹙王傷。不敗何待。公従之。
書き下し
楚子巢車に登りて以って晉の軍を望む。子重大宰伯州犁をして王の後に侍せしむ。王曰く、「騁せて左右するは、何ぞや」と。曰く、「軍吏を召すなり」と。「皆中軍に聚まれり」と。曰く、「合謀するなり」と。「幕を張れり」と。曰く、「虔みて先君に卜するなり」と。「幕を徹せり」と。曰く、「將に命を發せんとするなり」と。「甚だ囂しく、且つ塵上れり」と。曰く、「將に井を塞ぎ灶を夷らげて行を為さんとするなり」と。「皆乘れり。左右兵を執りて下れり」と。曰く、「誓を聽くなり」と。「戰はんか」と。曰く、「未だ知る可からざるなり」と。「乘りて左右皆下れり」と。曰く、「戰禱するなり」と。伯州犁公卒を以って王に告ぐ。苗賁皇晉侯の側に在り、亦た王卒を以って告ぐ。皆曰く、「國士在り、且つ厚し。當る可からざるなり」と。苗賁皇晉侯に言ひて曰く、「楚の良は、其の中軍の王族に在るのみ。請ふ良を分ちて以って其の左右を擊ち、而して三軍王卒に萃まらば、必ず大いに之を敗らん」と。公之を筮す。史曰く、「吉なり。其の卦は復に遇ふ。曰く、『南國蹙まり、其の元を射る。王厥の目に中る』と。國蹙まり王傷つく、敗れずして何をか待たん」と。公之に從ふ。
現代語訳
楚子(共王)は物見やぐらのついた巣車に登って晋軍を眺めた。子重(楚の令尹)は大宰の伯州犁(はくしゅうり、晋から亡命した伯宗の子)を王の後ろに控えさせた。王が言った。「車を左右に走らせているのは何か」。伯州犁は言った。「軍吏を召集しているのです」。王「みな中軍に集まった」。伯州犁「作戦を協議しているのです」。王「幕を張った」。伯州犁「先君の位牌の前で慎んで占っているのです」。王「幕を撤去した」。伯州犁「命令を発するところです」。王「ひどく騒がしく、しかも砂塵が上がっている」。伯州犁「井戸を埋め竈を平らにして、隊列を組もうとしているのです」。王「みな車に乗った。車の左右の者が武器を手にして降りた」。伯州犁「誓いを聞くのです」。王「戦うのか」。伯州犁「まだ分かりません」。王「車に乗ったが、左右の者がまたみな降りた」。伯州犁「戦勝の祈りをするのです」。伯州犁は晋公の親兵の様子を王に告げた。一方、苗賁皇(びょうふんこう、楚から晋に亡命した闘椒の子)は晋侯のそばにいて、やはり楚王の親兵の様子を告げた。晋侯の周囲の者はみな言った。「楚王の親兵には国士がいて、しかも層が厚い。正面から当たるべきではない」。苗賁皇は晋侯に言った。「楚の精鋭は中軍の王族の兵だけです。どうかわが精鋭を分けて楚の左右の軍を撃ち、そのうえで三軍を楚王の親兵に集中させてください。必ず大いに打ち破れます」。晋公はこれを筮竹で占った。史官は言った。「吉です。得た卦は復です。その辞に『南の国が縮み、その頭を射る。王はその目に当たる』とあります。国が縮み王が傷つくのですから、敗れずに何を待ちましょうか」。晋公はこの策に従った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』成公二年 桑中の喜び襄老邲に死す。其の尸を獲ず。其の子黑要焉に烝す。巫臣焉に道はしめて曰く、「歸れ。吾女を聘せん」と。又鄭より之を召さしめて曰く、「尸得べきなり。必ず來りて之を逆へ」と。姬以て王に告ぐ。王諸を屈巫に問ふ。對へて曰く、「其れ信なり。知罃の父は、成公の嬖なり、而して中行伯の季弟なり。新たに中軍に佐たり、而して鄭の皇戌に善し。甚だ此の子を愛す。其れ必ず鄭に因りて王子と襄老の尸とを歸して、以て之を求めん。鄭人邲の役に懼れて、媚を晉に求めんと欲す。其れ必ず之を許さん」と。王夏姬を遣りて歸らしむ。將に行かんとして、送る者に謂ひて曰く、「尸を得ずんば、吾反らじ」と。巫臣諸を鄭に聘す。鄭伯之を許す。共王の即位するに及び、將に陽橋の役を為さんとす。屈巫をして齊に聘し、且つ師期を告げしむ。巫臣室を盡くして以て行く。申叔跪其の父に從ひて將に郢に適かんとし、之に遇ふ。曰く、「異なるかな。夫子三軍の懼れ有りて、又桑中の喜び有り。宜しく將に妻を竊みて以て逃れんとする者なるべし」と。
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孫子・行軍篇衆樹の動く者は来たるなり。衆草の障多き者は疑わしむるなり。鳥の起つ者は伏なり。獣の駭く者は覆なり。塵の高くして鋭き者は車の来たるなり。卑くして広き者は徒の来たるなり。散じて条達する者は樵采なり。少なくして往来する者は営軍なり。
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孫子・用間篇相守ること数年、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛しみて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。人の将に非ざるなり、主の佐に非ざるなり、勝の主に非ざるなり。
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孫子・用間篇先知は、鬼神に取るべからず、事に象るべからず、度に験すべからず、必ず人に取り、敵の情を知る者なり。
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
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『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
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