導師導古典を学びたいすべての人に

春秋左氏伝 / 宣公十七年 范武子、老を請う

秋,八月,晉師還。范武子將老,召文子曰:「燮乎,吾聞之,喜怒以類者鮮,易者實多。詩曰:『君子如怒,亂庶遄沮。君子如祉,亂庶遄已。』君子之喜怒,以已亂也。弗已者,必益之。郤子其或者欲已亂于齊乎?不然,余懼其益之也。余將老,使郤子逞其志,庶有豸乎?爾從二三子,唯敬。」乃請老,郤獻子為政。冬,公弟叔肸卒,公母弟也。凡大子之母弟,公在曰公子,不在曰弟。凡稱弟,皆母弟也。

新字:秋,八月,晋師還。范武子将老,召文子曰:「燮乎,吾聞之,喜怒以類者鮮,易者実多。詩曰:『君子如怒,乱庶遄沮。君子如祉,乱庶遄已。』君子之喜怒,以已乱也。弗已者,必益之。郤子其或者欲已乱于斉乎?不然,余懼其益之也。余将老,使郤子逞其志,庶有豸乎?爾従二三子,唯敬。」乃請老,郤献子為政。冬,公弟叔肸卒,公母弟也。凡大子之母弟,公在曰公子,不在曰弟。凡称弟,皆母弟也。

書き下し

秋、八月、晉の師還る。范武子將に老いんとし、文子を召して曰く、「燮や、吾之を聞く、喜怒の類を以てする者は鮮く、易ふる者は實に多し。詩に曰く、『君子如し怒らば、亂庶はくは遄かに沮まん。君子如し祉ばば、亂庶はくは遄かに已まん』と。君子の喜怒は、以て亂を已むるなり。已めざる者は、必ず之を益す。郤子其れ或いは者亂を齊に已めんと欲するか。然らずんば、余其の之を益さんことを懼る。余將に老いんとす、郤子をして其の志を逞しくせしめば、庶はくは豸む有らんか。爾二三子に從ひて、唯だ敬め」と。乃ち老を請ふ。郤獻子政を為す。冬、公の弟叔肸卒す、公の母弟なり。凡そ大子の母弟は、公在せば公子と曰ひ、在さざれば弟と曰ふ。凡そ弟と稱するは、皆母弟なり。

現代語訳

秋八月、晋軍が帰還した。范武子(士会)は引退しようとして、息子の文子(士燮)を呼んで言った。「燮よ、私はこう聞いている。喜びや怒りを、それにふさわしい相手に向ける者は少なく、筋違いの相手に向ける者が実に多いと。詩に『君子がもし怒れば、乱はたちまち止むであろう。君子がもし喜べば、乱はたちまち収まるであろう』とある。君子の喜怒は、乱を止めるためのものである。止められないならば、必ず乱を大きくしてしまう。郤子(郤克)は、あるいは斉に向けて怒りを発して乱を止めようとしているのかもしれない。そうでなければ、私は彼が国内の乱を大きくしはしないかと恐れる。私は引退しよう。郤子に思いを遂げさせれば、あるいは乱も収まるのではないか。おまえは諸大夫に従って、ひたすら慎んでいなさい」。こうして引退を願い出て、郤献子(郤克)が政治を執ることになった。冬、宣公の弟の叔肸が亡くなった。公と同じ母から生まれた弟である。およそ太子と同母の弟は、父の公が在世中は「公子」と呼び、没後は「弟」と呼ぶ。およそ『春秋』が「弟」と称するのは、みな同母の弟である。

解説

斉で辱められた郤克の怒りは、晋の中に不穏な空気を生んでいた。執政の士会はここで自ら身を引き、郤克に政権を譲る。息子の士燮への言葉がその理由を語っている。喜怒をふさわしい相手に向けられる者は少なく、筋違いの所へ向ける者が多い。君子の喜怒は乱を鎮めるためのものだが、鎮められなければかえって乱を広げる。郤克の怒りを抑えつけ続ければ、それは国内の政争に向かうかもしれない。ならば執政の座を与えて、怒りを斉という本来の相手に向けさせるほうがよい、という判断である。個人の感情を組織の外へ流す道をつくることで、内側の衝突を避けたともいえる。そして息子には「唯だ敬め」とだけ言い残した。四年後、郤克は鞌で斉を破り、実際に恨みを晴らす。最後の叔肸の記事は、『春秋』が「弟」と記す場合の書法の説明である。強い感情を抱えた有力者をどう処遇するかという、組織運営の難しい問題の一つの答え方がここにある。

この章句が説くこと

引き際感情の扱い権力移譲慎み書法

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る