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春秋左氏伝 / 文公二年 卿を書せず、秦を尊ぶ

冬,晉先且居、宋公子成、陳轅選、鄭公子歸生,伐秦,取汪及彭衙而還,以報彭衙之役。卿不書,為穆公故,尊秦也,謂之崇德。襄仲如齊納幣,禮也。凡君即位,好舅甥,脩昏姻,娶元妃以奉粢盛,孝也。孝,禮之始也。

新字:冬,晋先且居、宋公子成、陳轅選、鄭公子帰生,伐秦,取汪及彭衙而還,以報彭衙之役。卿不書,為穆公故,尊秦也,謂之崇徳。襄仲如斉納幣,礼也。凡君即位,好舅甥,脩昏姻,娶元妃以奉粢盛,孝也。孝,礼之始也。

書き下し

冬、晉の先且居・宋の公子成・陳の轅選・鄭の公子歸生、秦を伐ち、汪及び彭衙を取りて還る。以って彭衙の役に報ずるなり。卿書せざるは、穆公の為の故なり。秦を尊ぶなり。之を崇德と謂ふ。襄仲齊に如きて幣を納る、禮なり。凡そ君位に即けば、舅甥を好くし、昏姻を脩め、元妃を娶りて以って粢盛(しせい)を奉ず、孝なり。孝は、禮の始めなり。

現代語訳

冬、晋の先且居、宋の公子成、陳の轅選、鄭の公子帰生が秦を討ち、汪と彭衙を取って帰った。彭衙の戦い(秦の来攻)への報復である。『春秋』がこれら卿の名を記さず「晋人・宋人」などと書いたのは、秦の穆公のためである。秦を尊んだのであり、これを「徳を崇ぶ」という(敗戦を自分の罪として孟明を用い続けた穆公の徳を重んじ、四国の卿が名を連ねて秦を攻めたとは書かなかったのである)。襄仲(公子遂)が斉に行って婚約の贈り物を納めた。これは礼にかなう。およそ君主が即位すれば、母方の国や婚姻関係の国とよしみを結び、婚姻を整え、正夫人を娶って祭祀の供物を奉ずる。これが孝である。孝は礼の始まりである。

解説

晋を中心に宋・陳・鄭の卿が連合して秦を討った記事である。『春秋』はこれら卿の名を記していない。左伝はその理由を「穆公の為の故なり、秦を尊ぶなり」と説き、これを「崇德」、徳を崇ぶ書き方だという。殽・彭衙と二度敗れながら、敗戦を自らの罪とし、孟明を見捨てずに国政を立て直させた穆公の姿勢が、ここまでの句で繰り返し描かれてきた。その徳ある君の国に、四国の卿が名を連ねて攻めかかったとは書かない。攻めた側を匿名にすることで、攻められた側の君主への敬意を示したのである。勝敗ではなく人物の徳で記録の重みが変わるという、『春秋』書法のわかりやすい例である。後半は、君主が即位したら婚姻を整えて祭祀の供物を奉ずるのが孝であり、「孝は禮の始め」だという記事である。記録や評価の書き方そのものが、何を重んじるかを伝える手段になっている。

この章句が説くこと

書法徳評価孝礼

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