翁問答 / 上卷之末
さて諸士を吟味するかなめ三つあり、德と才能と功となり、三つのうちいづれにても上中下あり、德は文武合一の明德なり、才能は天下國家の萬事をとりおこなふ文藝武藝の才智藝なり、功は或は天下國家のしをきの功をつみ、或は奉公奔走の功をなし或は天下國家の難をはらひ、或は天下國家の爲になる事を始てつくり出し、あるひは大敵をほろぼし武功をたつるなど皆功なり、德と才と功と三つを吟味の柱とさだめ、上中下のしなによつて、その分際相應の知行をあたへ、官職をさづくるが、古來さぶらいの吟味をする掟にて候、今も才と功とのとりさたは候へども、德のさたはしる人まれなりとみえたり。
新字:さて諸士を吟味するかなめ三つあり、徳と才能と功となり、三つのうちいづれにても上中下あり、徳は文武合一の明徳なり、才能は天下国家の万事をとりおこなふ文芸武芸の才智芸なり、功は或は天下国家のしをきの功をつみ、或は奉公奔走の功をなし或は天下国家の難をはらひ、或は天下国家の為になる事を始てつくり出し、あるひは大敵をほろぼし武功をたつるなど皆功なり、徳と才と功と三つを吟味の柱とさだめ、上中下のしなによつて、その分際相応の知行をあたへ、官職をさづくるが、古来さぶらいの吟味をする掟にて候、今も才と功とのとりさたは候へども、徳のさたはしる人まれなりとみえたり。
書き下し
さて諸士を吟味するかなめ三つあり、徳と才能と功となり、三つのうちいづれにても上中下あり、徳は文武合一の明徳なり、才能は天下国家の万事をとりおこなふ文芸武芸の才智芸なり、功は或は天下国家のしをきの功をつみ、或は奉公奔走の功をなし或は天下国家の難をはらひ、或は天下国家の為になる事を始てつくり出し、あるひは大敵をほろぼし武功をたつるなど皆功なり、徳と才と功と三つを吟味の柱とさだめ、上中下のしなによつて、その分際相応の知行をあたへ、官職をさづくるが、古来さぶらいの吟味をする掟にて候、今も才と功とのとりさたは候へども、徳のさたはしる人まれなりとみえたり。
現代語訳
さて、侍を吟味する要は三つある。徳と才能と功である。三つのうちどれにも上中下がある。徳とは文武合一の明徳である。才能とは天下国家の万事を取り行う文芸・武芸の才知である。功とは、あるいは天下国家の政治に功を積み、あるいは奉公に奔走した功、あるいは天下国家の難を払い、あるいは天下国家のためになることを初めて作り出し、あるいは大敵を滅ぼして武功を立てるなど、みな功である。徳と才と功の三つを吟味の柱と定め、上中下の品に応じて、その分際に相応した知行を与え官職を授けるのが、昔からの侍の吟味の掟である。今も才と功の取り沙汰はあるが、徳の吟味を知る人はまれであるようだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公二十七年 徳を務めて先を争わず且つ晉・楚狎りて諸侯の盟を主ること久し。豈に專ら晉に在らんや」と。叔向趙孟に謂ひて曰く、「諸侯は晉の德に歸するのみ。其の盟を尸るに歸するに非ざるなり。子德を務めよ。先を爭ふこと無かれ。且つ諸侯盟ふに、小國固より必ず盟を尸る者有り。楚晉の細と為る。亦た可ならずや」と。乃ち楚人を先んず。書して晉を先んずるは、晉に信有ればなり。壬午、宋公兼ねて晉・楚の大夫を享す。趙孟客為り。子木之と言ふ。對ふる能はず。叔向をして侍りて言はしむ。子木も亦た對ふる能はざるなり。乙酉、宋公及び諸侯の大夫蒙門の外に盟ふ。子木趙孟に問ひて曰く、「范武子の德は何如」と。對へて曰く、「夫子の家事治まり、晉國に言ひて隱情無し。其の祝史信を鬼神に陳べて、愧づる辭無し」と。子木歸りて以て王に語る。王曰く、「尚きかな。能く神人を歆ばしむ。宜なり其の光いに五君を輔け、以て盟主と為ること」と。子木又王に語りて曰く、「宜なり晉の伯たること。叔向有りて以て其の卿を佐く。楚以て之に當たる無し。與に爭ふべからず」と。晉の荀盈遂に楚に如きて盟に蒞む。
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史記 夏本紀湯徳を修め、諸侯皆湯に帰す。湯遂に兵を率ゐて以て夏桀を伐つ。桀鳴条に走り、遂に放たれて死す。桀人に謂ひて曰く、「吾湯を夏台に遂に殺さずして、此に至らしめしを悔ゆ」と。湯乃ち天子の位を践み、夏に代はりて天下を朝せしむ。湯夏の後を封じ、周に至りて杞に封ずるなり。太史公曰く、禹は姒姓為り。其の後分封せられ、国を用て姓と為す。故に夏后氏・有扈氏・有男氏・斟尋氏・彤城氏・襃氏・費氏・杞氏・繒氏・辛氏・冥氏有り。孔子夏の時を正し、学者多く伝ふと云ふ。虞・夏の時より、貢賦備はれり。或いは言ふ、禹諸侯を江南に会し、功を計りて崩じ、因りて焉に葬る、命じて会稽と曰ふ。会稽とは、会計なり。
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『春秋左氏伝』文公二年 卿を書せず、秦を尊ぶ冬、晉の先且居・宋の公子成・陳の轅選・鄭の公子歸生、秦を伐ち、汪及び彭衙を取りて還る。以って彭衙の役に報ずるなり。卿書せざるは、穆公の為の故なり。秦を尊ぶなり。之を崇德と謂ふ。襄仲齊に如きて幣を納る、禮なり。凡そ君位に即けば、舅甥を好くし、昏姻を脩め、元妃を娶りて以って粢盛(しせい)を奉ず、孝なり。孝は、禮の始めなり。
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『翁問答』上卷之末体充曰、いま時の功と才との吟味はむかしの掟によくかなひ申候や。師の曰、功と才との名はむかしひとつにて候へども、吟味のしやうあしきゆへに、人のてくろ上手になりたるゆへか、むかしの掟にかなふ事はすくなく候。体充曰、むかしの掟はいかにおはしまし候や。師の曰、むかしの掟は、才も功も徳を根本とし徳は中和をもつて大本とす、才も功も義理にかなはねば真実の才功にあらず、さて君たる人の心がおきての鏡にて候、此鏡くもり候ては何の吟味もあやまるばかりなれば、人君の心をあきらかにして掟の鏡と定め、才と功と徳の正真贋上中下のしなさだめ、鏡のかげを照す如く、毛頭あやまりなければ、諸士のてくろおのずからなくなり、真実の徳と才と功にちからをはげまし、正真の忠節を尽すものなり、これむかしの掟の眼なり、なにほどよき掟ありても、主君のこゝろくらければ其掟用にたゝぬ物にて候へば、君たる人はぢおそるべきなり。
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『童子問』卷下問ふ、何ぞ古昔は人材の多くして、後世は之れ尠きや、と。曰く、一なれば則ち達し、岐多ければ則ち迷ふ。後世の人材を成すこと能はざる者は、其の岐多きが為なり。夫れ学なる者は、徳を成し材を達する所以なり。学者内に名利の膠無く、外に他事の擾無く、此に衣食し、此に寝処し、立てば則ち其の前に参ずるを見、輿に在れば則ち其の衡に倚るを見、積みて又積み、老の将に至らんとするを知らず、心心念念、此に専一ならば、則ち何ぞ徳を成し材を達せざることの之れ有らん。舜も人なり、我も亦人なり。堯舜の事業、孔孟の学術と雖も、亦豈に遠からんや。昔韓幹馬を画くことを好み、見る所の馬、皆其の師に非ざるは莫し。夫れ然る後、能く其の妙を造し、古今に冠絶す。古人の道芸に於けるや、皆然り。後の学者は則ち然らず。己の期する所、父兄朋友の責むる所、利名の両者に過ぎず。有用の事は講ぜず、有用の書は読まず。無益の章句を守り、無益の空文に鶩せ、無益の故事を記し、一切時好に狗ひ、名誉を邀へ、旁蹊多岐にして、志を用ふること専らならず。而して大学問・大事業に於ては、則ち之を度外に付す。藉令数十巻の著述有りて世に行はるるも、亦児戯のみ。行々将に澌滅に就かんとす。何の益かあらん。其の求むる所の名と利とも、亦皆児女子の仰歎に供するのみ。何の人材を成す所あらんや。少しく智慮有る者は、其れ取捨する所を知らざるべけんや。
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『大和俗訓』巻之五・言語一我が身をほめざれども、わがよきも悪しきも、人の心に知るものなり。たとひ我が才行あらはれずして、人知らずとも、わが身の徳に害なし。わが身の才能いみじくとも、みづからあらはし誉むるは、自ら媒すと云ふ。いやしむべし。其不徳の程あらはれて、むげに人に見おとさるるわざなり。
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