翁問答 / 上卷之末
體充曰、いま時の功と才との吟味はむかしの掟によくかなひ申候や。師の曰、功と才との名はむかしひとつにて候へども、吟味のしやうあしきゆへに、人のてくろ上手になりたるゆへか、むかしの掟にかなふ事はすくなく候。體充曰、むかしの掟はいかにおはしまし候や。師の曰、むかしの掟は、才も功も德を根本とし德は中和をもつて大本とす、才も功も義理にかなはねば眞實の才功にあらず、さて君たる人の心がおきての鏡にて候、此鏡くもり候ては何の吟味もあやまるばかりなれば、人君の心をあきらかにして掟の鏡と定め、才と功と德の正眞贋上中下のしなさだめ、鏡のかげを照す如く、毛頭あやまりなければ、諸士のてくろおのずからなくなり、眞實の德と才と功にちからをはげまし、正眞の忠節を盡すものなり、これむかしの掟の眼なり、なにほどよき掟ありても、主君のこゝろくらければ其掟用にたゝぬ物にて候へば、君たる人はぢおそるべきなり。
新字:体充曰、いま時の功と才との吟味はむかしの掟によくかなひ申候や。師の曰、功と才との名はむかしひとつにて候へども、吟味のしやうあしきゆへに、人のてくろ上手になりたるゆへか、むかしの掟にかなふ事はすくなく候。体充曰、むかしの掟はいかにおはしまし候や。師の曰、むかしの掟は、才も功も徳を根本とし徳は中和をもつて大本とす、才も功も義理にかなはねば真実の才功にあらず、さて君たる人の心がおきての鏡にて候、此鏡くもり候ては何の吟味もあやまるばかりなれば、人君の心をあきらかにして掟の鏡と定め、才と功と徳の正真贋上中下のしなさだめ、鏡のかげを照す如く、毛頭あやまりなければ、諸士のてくろおのずからなくなり、真実の徳と才と功にちからをはげまし、正真の忠節を尽すものなり、これむかしの掟の眼なり、なにほどよき掟ありても、主君のこゝろくらければ其掟用にたゝぬ物にて候へば、君たる人はぢおそるべきなり。
書き下し
体充曰、いま時の功と才との吟味はむかしの掟によくかなひ申候や。師の曰、功と才との名はむかしひとつにて候へども、吟味のしやうあしきゆへに、人のてくろ上手になりたるゆへか、むかしの掟にかなふ事はすくなく候。体充曰、むかしの掟はいかにおはしまし候や。師の曰、むかしの掟は、才も功も徳を根本とし徳は中和をもつて大本とす、才も功も義理にかなはねば真実の才功にあらず、さて君たる人の心がおきての鏡にて候、此鏡くもり候ては何の吟味もあやまるばかりなれば、人君の心をあきらかにして掟の鏡と定め、才と功と徳の正真贋上中下のしなさだめ、鏡のかげを照す如く、毛頭あやまりなければ、諸士のてくろおのずからなくなり、真実の徳と才と功にちからをはげまし、正真の忠節を尽すものなり、これむかしの掟の眼なり、なにほどよき掟ありても、主君のこゝろくらければ其掟用にたゝぬ物にて候へば、君たる人はぢおそるべきなり。
現代語訳
體充が言った。「今の功と才の吟味は、昔の掟によくかなっておりますか。」師が言った。「功と才という名目は昔と同じであるが、吟味のやり方が悪いので、人がごまかし上手になったためか、昔の掟にかなうことは少ない。」體充が言った。「昔の掟はどのようなものでございましたか。」師が言った。「昔の掟は、才も功も徳を根本とし、徳は中和を大本とする。才も功も義理にかなわなければ真実の才・功ではない。そして主君の心が掟の鏡である。この鏡が曇っては、どんな吟味もあやまるばかりであるから、人君は心を明らかにして掟の鏡と定め、才と功と徳の真贋と上中下の品を定めることが、鏡が影を照らすように少しもあやまりがなければ、侍のごまかしは自然となくなり、真実の徳と才と功に力を励まし、真の忠節を尽くすものである。これが昔の掟の眼目である。どれほどよい掟があっても、主君の心が暗ければその掟は役に立たないので、主君たる人は恥じ恐れるべきである。」
解説
この章句が説くこと
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