囲炉夜話 / 第六十九則・能く其の難きを為す
古之克孝者多矣,獨稱虞舜為大孝,蓋能為其難也。 古之有才者眾矣,獨稱周公為美才,蓋能本於德也。
新字:古之克孝者多矣,独称虞舜為大孝,蓋能為其難也。 古之有才者衆矣,独称周公為美才,蓋能本於徳也。
書き下し
古の克く孝なる者は多し、獨り虞舜を稱して大孝と為すは、蓋し能く其の難きを為せばなり。 古の才有る者は眾し、獨り周公を稱して美才と為すは、蓋し能く德に本づけばなり。
現代語訳
昔、よく孝行を尽くした人は多くいますが、ただ虞舜だけを大孝とたたえるのは、おそらくその難しいことをやり遂げたからです。昔、才能のある人は多くいますが、ただ周公だけを美才とたたえるのは、おそらく徳に根ざしていたからです。
解説
舜と周公という二人の聖人を例に、なぜ特別にたたえられるのかを説いた対句です。舜は、父と継母と弟から何度も命を狙われながらも孝を尽くしたと伝えられ、『中庸』で大孝とたたえられます。条件の良い孝行ではなく、最も難しい状況で孝を貫いたことが大孝の理由だと言います。周公は周の礼楽を整えた人で、『論語』泰伯篇に周公の才の美という言葉が見えます。才能が徳に根ざしていたからこそ美才と呼ばれたのです。難しいときに貫く行いと、徳に裏打ちされた才能、その二つが人を本当に偉大にすることを、この対句は示しています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
孝徳才舜周公
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