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春秋左氏伝 / 僖公二十七年 民に義・信・礼を教う

晉侯始入而教其民,二年,欲用之。子犯曰:「民未知義,未安其居。」於是乎出定襄王,入務利民,民懷生矣。將用之,子犯曰:「民未知信,未宣其用。」於是乎伐原以示之信。民易資者,不求豐焉,明徵其辭。公曰:「可矣乎?」子犯曰:「民未知禮,未生其共。」於是乎大蒐以示之禮。作執秩以正其官,民聽不惑,而後用之。出穀戍,釋宋圍,一戰而霸,文之教也。

新字:晋侯始入而教其民,二年,欲用之。子犯曰:「民未知義,未安其居。」於是乎出定襄王,入務利民,民懐生矣。将用之,子犯曰:「民未知信,未宣其用。」於是乎伐原以示之信。民易資者,不求豊焉,明徴其辞。公曰:「可矣乎?」子犯曰:「民未知礼,未生其共。」於是乎大蒐以示之礼。作執秩以正其官,民聴不惑,而後用之。出穀戍,釈宋囲,一戦而覇,文之教也。

書き下し

晉侯始めて入りて其の民を教へ、二年にして、之を用ゐんと欲す。子犯曰く、「民未だ義を知らず、未だ其の居に安んぜず」と。是に於いてか出でて襄王を定め、入りて民を利するを務む、民生を懷ふ。將に之を用ゐんとす。子犯曰く、「民未だ信を知らず、未だ其の用を宣べず」と。是に於いてか原を伐ちて以て之に信を示す。民の資を易ふる者、豐かなるを求めず、明らかに其の辭を徵す。公曰く、「可なるか」と。子犯曰く、「民未だ禮を知らず、未だ其の共を生ぜず」と。是に於いてか大いに蒐して以て之に禮を示す。執秩を作りて以て其の官を正す。民聽きて惑はず、而る後に之を用ゐる。穀の戍を出だし、宋の圍みを釋き、一戰にして霸たるは、文の教へなり。

現代語訳

晋侯(文公)は帰国してすぐに民を教化し始め、二年たったところで民を戦に用いようとした。子犯(狐偃)が言った。「民はまだ義を知らず、暮らしに安んじていません」。そこで文公は国外に出て襄王の地位を安定させ、国内では民の利益を図ることに努めた。民は生活に愛着を持つようになった。文公が民を用いようとすると、子犯が言った。「民はまだ信を知らず、信がどう役に立つかがはっきりわかっていません」。そこで原を討ったときに約束を守って、民に信を示した。民の間で物を取引する者は、不当な利益を求めず、言ったとおりに約束を果たすようになった。文公が「もうよいか」と言うと、子犯が言った。「民はまだ礼を知らず、上を敬う心が生まれていません」。そこで大規模な閲兵を行って民に礼を示した。また爵位と俸禄を定める執秩の官を設けて、官職の秩序を正した。民は命令を聞いて迷うことがなくなり、そのあとで初めて民を戦に用いた。穀の守備軍を追い出し、宋の包囲を解き、一度の戦いで覇者となったのは、文公の教化のおかげである。

解説

城濮の戦いの直前に置かれた、文公の民への教育のまとめである。文公が民を戦に動員しようとするたびに、子犯が「まだ早い」と止める。最初に足りないのは義で、民がまず自分の暮らしに安んじていなければならない。そこで王を安定させて大義を示し、民の利を図った。次に足りないのは信で、原の包囲で三日の約束を守ってみせたことで、商取引にまで約束を守る気風が広がった。最後に足りないのは礼で、閲兵と官職の整備によって上下の秩序を示した。義・信・礼の順に、言葉で説くのではなく、君主自身の行動で見せていく点が特徴である。前の句までに記された勤王や原の包囲が、ここで一つの計画の段階として位置づけ直されている。「一戰にして霸たるは、文の教へなり」。一度の勝利の背後に、数年がかりの準備があったというのである。人を大きな挑戦に動員する前に、生活の安定、約束の信用、秩序への納得が揃っているか。その順番を問う句として読める。

この章句が説くこと

教化信義礼準備組織づくり段階

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