春秋左氏伝 / 僖公二十三年 退避三舎
及鄭,鄭文公亦不禮焉。叔詹諫曰:「臣聞天之所啟,人弗及也。晉公子有三焉,天其或者將建諸,君其禮焉。男女同姓,其生不蕃。晉公子,姬出也,而至于今,一也。離外之患,而天下不靖晉國,殆將啟之,二也。有三士足以上人,而從之,三也。晉鄭同儕,其過子弟,固將禮焉,況天之所啟乎?」弗聽。及楚,楚子饗之,曰:「公子若反晉國,則何以報不穀?」對曰:「子女玉帛,則君有之。羽毛齒革,則君地生焉。其波及晉國者,君之餘也,其何以報?」君曰:「雖然,何以報我?」對曰:「若以君之靈,得反晉國,晉楚治兵,遇於中原,其辟君三舍。若不獲命,其左執鞭弭,右屬櫜鞬,以與君周旋。」
新字:及鄭,鄭文公亦不礼焉。叔詹諫曰:「臣聞天之所啓,人弗及也。晋公子有三焉,天其或者将建諸,君其礼焉。男女同姓,其生不蕃。晋公子,姫出也,而至于今,一也。離外之患,而天下不靖晋国,殆将啓之,二也。有三士足以上人,而従之,三也。晋鄭同儕,其過子弟,固将礼焉,況天之所啓乎?」弗聴。及楚,楚子饗之,曰:「公子若反晋国,則何以報不穀?」対曰:「子女玉帛,則君有之。羽毛歯革,則君地生焉。其波及晋国者,君之余也,其何以報?」君曰:「雖然,何以報我?」対曰:「若以君之霊,得反晋国,晋楚治兵,遇於中原,其辟君三舎。若不獲命,其左執鞭弭,右属櫜鞬,以与君周旋。」
書き下し
鄭に及ぶ、鄭の文公も亦た禮せず。叔詹諫めて曰く、「臣聞く、天の啟く所は、人及ばずと。晉の公子に三有り、天其れ或いは將に諸を建てんとす、君其れ禮せよ。男女姓を同じくすれば、其の生蕃らず。晉の公子は、姬の出なり、而も今に至る、一なり。外の患に離りて、而も天下晉國を靖んぜず、殆ど將に之を啟かんとす、二なり。三士の以て人に上たるに足る有りて、之に從ふ、三なり。晉・鄭は同儕なり、其の子弟を過ぐるも、固より將に禮せんとす、況んや天の啟く所をや」と。聽かず。楚に及ぶ、楚子之を饗して、曰く、「公子若し晉國に反らば、則ち何を以てか不穀に報いん」と。對へて曰く、「子女玉帛は、則ち君之を有す。羽毛齒革は、則ち君の地に生ず。其の晉國に波及する者は、君の餘なり。其れ何を以てか報いん」と。君曰く、「然りと雖も、何を以てか我に報いん」と。對へて曰く、「若し君の靈を以て、晉國に反るを得て、晉・楚兵を治め、中原に遇はば、其れ君を辟くること三舍せん。若し命を獲ずんば、其れ左に鞭弭を執り、右に櫜鞬を屬け、以て君と周旋せん」と。
現代語訳
重耳が鄭に着くと、鄭の文公もまた礼をもって遇さなかった。叔詹(しゅくせん、鄭の大夫)が諫めて言った。「天が道を開こうとしている者には、人は及ばないと聞いております。晋の公子には三つのしるしがあり、天はあるいはこの人を君に立てようとしているのかもしれません。どうか礼をもってお遇しください。男女が同姓どうしで結婚すると、子孫が栄えないと申します。晋の公子は姫姓の父と姫姓の母から生まれたのに、今日まで無事に生きてこられた。これが一つ目です。国外に逃れる災難に遭いながら、その間も天下は晋の国を安定させず、天が公子のために道を開こうとしているかのようです。これが二つ目です。人の上に立つに足る三人の士がいて、公子に従っている。これが三つ目です。晋と鄭とは同格の国ですから、晋の子弟が通りかかれば、もともと礼をもって遇すべきものです。まして天が道を開こうとしている人なのですから」。文公は聞き入れなかった。重耳が楚に着くと、楚子(楚の成王)は宴を設けてもてなし、言った。「公子がもし晋の国に帰られたら、私に何をもって報いてくださるか」。重耳は答えた。「美女や宝玉、絹織物は、君がすでにお持ちです。鳥の羽、獣の毛、象牙、皮革は、君の国の土地から産します。それらのうち晋にまで及んでくるものは、君の国の余りものにすぎません。何をもってお報いできましょう」。成王は言った。「そうではあっても、何をもって私に報いるのか」。重耳は答えた。「もし君のおかげで晋の国に帰ることができ、のちに晋と楚が兵を整えて中原で出会うことになれば、私は君を避けて三舎(九十里)退きましょう。それでもお許しが得られなければ、左手に鞭と弓を取り、右に矢筒と弓袋を帯びて、君のお相手をいたしましょう」。
解説
この章句が説くこと
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