史記 / 儒林列伝
申公恥之,歸魯,退居家教,終身不出門,復謝絕賓客,獨王命召之乃往。弟子自遠方至受業者百餘人。申公獨以詩經為訓以教,無傳,疑者則闕不傳。
新字:申公恥之,帰魯,退居家教,終身不出門,復謝絶賓客,独王命召之乃往。弟子自遠方至受業者百余人。申公独以詩経為訓以教,無伝,疑者則闕不伝。
書き下し
申公之を恥ぢ、魯に帰り、退きて家に居りて教へ、終身門を出でず、復た賓客を謝絶し、独り王命之を召せば乃ち往く。弟子遠方より至りて業を受くる者百余人。申公独り詩経を以て訓と為して以て教ふ、伝無し、疑はしき者は則ち闕きて伝へず。
現代語訳
申公はこれを恥じ、魯に帰って家に引きこもって教え、一生門を出ず、さらに賓客との面会も断り、ただ王の命で召されたときだけ出かけた。遠方から来て教えを受ける弟子は百余人に及んだ。申公はただ『詩経』の字句の意味を解き明かすことだけで教え、自ら注釈書は作らず、疑わしいところは空けておいて伝えなかった。
解説
楚王戊に刑徒にされる屈辱を受けた申公が、故郷の魯に帰って教育に専念する姿を描く段です。申公は一生門を出ず、賓客とも会わず、王に召されたときだけ出かけたといいます。それでも遠方から百余人の弟子が集まりました。申公は『詩経』の字句の意味を解き明かすことに徹し、自分の解釈で注釈書を書くことはせず、確かでないところは空けたまま伝えなかったとされます。わからないことをわからないままに残すという態度は、学問の誠実さの手本として後世まで称えられました。この申公の学統は魯詩と呼ばれ、漢代の『詩経』の三大学派の一つとなります。不確かなことを推測で埋めず、知らないことは知らないと示す姿勢は、情報があふれる今の仕事でこそ大切にしたい態度です。
この章句が説くこと
誠実学問疑者則闕不伝知的誠実さ教育詩経
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